出会

 リアーゼは緊迫した表情で宇宙船のコントロールパネルに手をかけていた。ダッシュボードに表示されるアラートの赤い点滅が彼の顔を不気味に照らしている。けたたましく鳴るアラートのせいで、彼の腕には鳥肌が立ち続けていた。
 帝国の追撃は容赦がなく、拠点としている母艦からかなり離れたにも関わらず無人追跡機が追ってくる。
「リアーゼ・ネブラス。投降せよ」
 強制的に繋げられた通信を遮断し、拒否の姿勢を示す。追跡機からの光線を避けるが、被弾した箇所が悪い。このままでは芳しくない状況となるのは明らかであった。
「全損じゃなければ良いが……」
 あらかじめリペアプロセスを仕込んだボタンを押し、レバーを引く。しかし宇宙船は不規則な振動を止めず、落下速度がますます速くなる。もっとも近い距離にある、巨大な惑星に引かれる力が強すぎる。
「くそッ、……ここは生存できる星か?」
 彼がそうつぶやく。メインカメラの先に、青と緑の美しい惑星があった。緊急事態にも関わらず、リアーゼはその惑星の姿に一瞬胸を打たれる。ライブラリで見た母星の姿と重なる――……。
 リアーゼは我に返り、頭を振った。着陸せねば。有毒になる気体の有無は分からずとも酸素は十分そうだと判断し、リアーゼは最短で緊急着陸の手続きを済ませる。
「緊急着陸、開始!」
 フィジカルコンプ側の、ガラス越しのボタンを殴るようにして押す。宇宙船は反応し、激しい振動とともに大気圏に突入する。煙と炎が船体を覆い、熱に耐えきれず一部が崩壊していった。
「グ、ゥウ……!」
 リアーゼは操縦席で身を固くしている。撃墜されたとしても目を決して閉ざさぬよう訓練を受けてきたが、墜落の恐怖で操縦桿を握る手が強張る。
 しばらくの後、船は遂に地表に激突した。激しい揺れと摩擦。コクピット内は警報音で溢れている。リアーゼの手は操縦桿を必死に握りしめていた。ダッシュボード上のインジケーターは赤く点滅し、数字が狂ったように動いている。
 心臓が耳障りなほど強く鳴り、肺は切なるほどに酸素を求める。目を見開き、無我夢中で船体をできうる限り制御しようとする。ほとんど反応がなくとも、リアーゼは諦めなかった。
 徐々に速度が落ちていく。周辺のあらゆる物質を蹴散らしながら、船体はやがて停止した。

 リアーゼは操縦桿からゆっくりと手を離した。船体が静かに揺れ、微かに砂地に触れる音が聞こえた瞬間、彼の肩は重い石のように沈んだ。全身の緊張が一気にほどけるような感覚に襲われ、コクピットのシートに深く沈み込んだ。リアーゼはゆっくりと瞼を閉じ、深い息を一つ吸い込む。その一息で、まるで長い戦いが終わった後のような、一時の安堵と疲れが彼を包んだ。
 煙が立ち上り、しばらく何も見えなかったが、やがて晴れてくる。リアーゼの目の前に美しい森と湖が広がっていた。破損した機体の隙間から覗く景色に、危険はないと判断した。
 リアーゼはしばらく息を整え、船からよろめきながら降りる。彼が足を踏み出すと、不思議な気持ちに包まれた。雄大な景色に圧倒されながら、この星には何か特別なものがあるような気がした。空を見上げて両腕を広げる。彼の着ている宇宙服――エル・ブルーとカナリア・イエローの袖口――とのコントラストは感動を覚えるほど鮮やかであった。
「……この命の、父と母への感謝を……」
 彼は小声でつぶやいた。その言葉は、過去数時間の恐怖と緊張がほんの少しだけ解消された証拠だった。知らず知らずのうちに、笑みが溢れ、青い瞳に涙が滲む。母船へ帰投するのが大幅に遅れてしまうが、戦果を持ち帰るために必ず復旧させようと、間を空けずに算段を立て始めた。

 その時、遠くから人影が近づいてくるのが見えた。追手かと身構えたが、人影はリアーゼに対し敵意を向けたり警戒したりする様子がなかった。
 リアーゼは、この星の住人であると推測し、相手へのコンタクトを試みることにした。なるべく警戒されないよう笑顔を浮かべる。その人影はひょっこりと顔を出し、じっとリアーゼのことを見つめた。
 その男性は美しい装飾品を纏っていた。美しい森に馴染む緑と黄色のローブやマントに似た外套を身につけていて、鮮やかな緑の長い髪が印象的だった。木でできた杖には、宝玉のような半透明の球が取り付けられていて、様々な色の細い布が結びつけられている。
 リアーゼは半壊した宇宙船から、ややダメージを受けている翻訳システムを見つけ出した。無警戒にも緑髪の男性がやってきて、興味深そうにリアーゼとその奇妙な機械を見つめる。
「動作が不安定だが、何とか通じるだろう」
 リアーゼは翻訳機をアクティブにして、
「初めまして」と、挨拶だけをした。
 彼はリアーゼの言葉と、おそらく母国語で聞き取れただろう、同時翻訳音声に驚きの表情を見せる。その後、男性は慎重な様子で答える。
「初めまして、私はヴィオラス。あなたはどこから来たか?」
 少しだけ独特な言い回しに聞こえたが、リアーゼは気にならなかった。
「私はリアーゼ。遠くの星から来ました。この星は美しいね」と言った。
 警戒されないためのセリフであったが、リアーゼの本心だった。大気が濃く、また緑の豊かさは圧倒的であり、強い生命力を感じる。
 薄い唇をした口角が、ほんの少し上へと動く。
「ありがとう。だが何故ここに?」
 ヴィオラスは微笑んで答えたが、リアーゼは少し困った顔をする。
「敵から攻撃を受けて、不時着した。修理が必要なのです」
 ヴィオラスは短い沈黙の後、
「助けが必要なら、私の街へ案内する」
 と言った。
 ヴィオラスと名乗った青年は、少し骨っぽい顔の輪郭に、何もかもを見通しそうな大きな瞳をしていた。深遠な緑色――エル・グリーンをしていて、ひと目見るだけで彼の気高さや知識を感じることができる。虹彩の部分には、微細なシン・ゴールドの線が入り交じっており、まるで森の中に降る日差しのような、温かくも神秘的な光を放っていた。
 その瞳が、警戒を完全に解いたのが分かり、リアーゼは安堵する。
「ありがとう、ヴィオラス」
 現地の協力を得られることは、そのまま生存率の確保に繋がる。尋問されたり、捕縛される危険度が下がったとリアーゼは判断した。
 
 今のやりとりのおかげで、翻訳機の最適化ができたのを確認していた。リアーゼが翻訳機をあらためてセットアップすると、突然地鳴りのような低い音が聞こえた。二人は同時に顔を上げ、空に目を凝らすと、遠くから急速に接近してくる黒い点が二つ三つと見えた。
「あれは……奴らの攻撃!」ヴィオラスが叫んだ。
 黒い点はみるみる近づいてきて、超小型無人機であることはすぐに分かった。銃火器による武装がなされており、特徴的な紋章が記されている。
 見覚えのある紋章だったのを、リアーゼは見逃さなかった。
「こいつは……! ヴィオラス、奴らとは?」
「どこからかやってくる、私たちの星を飛び回る《災厄の蝿》シャオデズモス!」
 リアーゼは自身の追手が来たと思ったが、ヴィオラスの反応を見て状況を冷静に把握した。そして、次の算段を立てていたが、空を切る音に思考を切り替える。
 うねる様な駆動音により、リアーゼはこの星の大気の厚みを感じていた。強い重力設定をした地上戦の訓練も受けていたが、見知らぬ土地で実践することとなり、緊張が走る。
 それでも身体は動作をよく覚えていた。リアーゼは即座に手にしていたツールを腰のベルトに戻し、小型ブラスターを引き抜く。ヴィオラスも自らの杖を高く掲げた。
 上空からの射撃を警戒しながら射程距離を測る。ブラスターではまだ届かない。《災厄の蝿》と呼ぶに相応しく、小賢しくかつ巧妙に飛び回っている。
 超小型機が射撃モードに切り替えた。一瞬の静寂の後、速射型銃火器が轟音を立てながら一斉射撃を始める。バリバリという音が空気を裂き、無数の弾丸が二人の目の前を埋め尽くした。リアーゼとヴィオラスは素早く岩陰に隠れ、迫る火花と烈しい銃弾の雨に心臓が高鳴った。
 リアーゼもヴィオラスも、それぞれ身のこなしに驚いていた。同時に、守るべき存在ではなく共闘できる戦力を持つ者であると認識し、通じ合っていた。
「さて、どうやって動きを止めるか……」リアーゼが呟く。努めて冷静になろうとするための呪文のようだった。
「私が!」ヴィオラスは杖を振り、何かを唱えた。
 宝玉がほのかに光り、チリチリと音を立て始めた。かと思うと、突如地面が揺れ、岩よりも遥かに巨大な障壁が出現する。
「これで時間を稼ぐ!」
 一つは障壁に衝突して全損したのが見えた。もう一つはひらりと旋回し距離を取り、もう一つは接近してきた。
 リアーゼはヴィオラスの障壁に感心しつつ、ブラスターで接近してくる敵機に照準を合わせた。
「よし、これで!」
 と一発、接近してきた個体へ向けて放つ。二発目は最大射程内ギリギリを見極めて発砲し、遠くから近寄ってきた機体に命中。二機とも炎上して墜落した。
「やりました! リアーゼ」
「お互い様だよ、ヴィオラス」
 二人は互いの健闘を讃え、視線を交えて喜びを分かち合った。
 二人はこの時点で、心の中で未来への協力を惜しまない、と心に決めていた。迫る危機を前に、それぞれの技術と力を活かしてこの困難な状況を乗り越えようと決意していた。

 ◆  ◆ ◆

 リアーゼはヴィオラスに導かれて街の門をくぐった。最初に目に飛び込んできたのは、一面の白い建物。直線的で華美な装飾は一つもないが、壁には緑と黄色の魔除けの紋様が手描きで施されている。各家庭で独自のデザインがあり、一つとして同じものはなかった。
「これが、私の故郷。フローラベル、いいます」ヴィオラスが誇らしげに言った。
 街は活気に溢れているが、リアーゼがよく知るような機械的な発達は見られなかった。代わりに、人々は杖や宝石、古い書物を手に、魔法のような技術で日常を潤している。皆、ヴィオラスのようにゆとりのある衣服に身を包んでいた。緑と黄色がよく使われている。
 リアーゼは自分が来た異星とは全く異なる文化と技術に圧倒される。白い家々は明るい日差しを反射して柔らかな光に包まれ、紋様はなんとも神秘的で美しい。
「魔法と科学が同居する場所なんですね」リアーゼが感じたことを口にした。
 ヴィオラスは一瞬、きょとんとした表情をした後、一人何かを納得したようにヴィオラスは笑顔で応えた。
「我々はどちらもアゼムと呼ぶ。《辺りにあるもの》として。それが我々の力」
 ヴィオラスは案内を続けながら、街の中心部へと歩き始める。
「ここが中心街道、皆が集まって物を交換し合う。皆、本が好き。それからこの上が展望塔。見回りがたくさんいる」
 街の人々は、リアーゼの存在にすぐに気付く。その青と黄色の宇宙服は、紋様で彩られた街とは一線を画していたし、リアーゼの白銀色の髪も目立っていた。
「我々フローラベルの人々は新しいこと、大好き。何にでも非常に興味を持つ」
 とヴィオラスは語りながら歩く。
 人々の顔は興味津々といった様子で、話しかける機会を窺っているようだった。多くは好奇心や歓迎の意味を込めた笑顔でリアーゼを見つめる。特に子供たちは、未だかつて見たことのないような装いと異星人の姿に目を輝かせていた。
 リアーゼは少し照れくさい気持ちを感じた。今まで訓練ばかりの生活で、非戦闘者からこのように注目を浴びたことなど無かった。
 それと同時に、この街とヴィオラスに自分が何を学べるかを考え始める。自身に起こっている事も、おそらくこの星が瀕している危機も、同じ根源があると確信していたからだ。
「リアーゼ。正式に滞在するには街の長、エルドリンへの挨拶が必要」
「ぜひ案内して欲しい。私からも伝えたいことがある」
 リアーゼはヴィオラスに連れられて、長の住まいへと向かうことにした。

 リアーゼはフローラベルの石畳の通りを歩きながら、辺りを注意深く眺めていた。通りの突き当たり、特別な家が目に入った。その家は、他の家と同じ白い壁で構築されていたが、緑と黄色の複雑な紋様が特に大きく、それが普通の家ではないことを告げていた。紋様は独特で美しく、明らかに高度な技巧が施されていた。
「これが長の家ですか?」リアーゼがヴィオラスに尋ねる。
「はい、そう。エルドリンは我々の街の長で、地位と知識がこの家に象徴されている」
 彼らは金と銀で装飾された豪華な扉を開ける。内部にも同様の神秘的な紋様が施されていた。ヴィオラスが扉を閉めると、一種の厳かな静寂が空間を包み込んだ。
 庭に続く小径を進むと、リアーゼは目を見張った。多種多様な植物が並べられ、それぞれがまるで宝石のように庭を美しく彩っていた。
「これらの植物もアゼムの力によるものですか?」リアーゼは興味深げにヴィオラスに尋ねた。
「ええ、その通り。エルドリンはその力、最大限に活用してる」
 リアーゼは心の中で気を引き締めた。この家、この庭、そしてこれから会うであろうエルドリンが、何か大きな出来事の前触れとなりそうな予感がしたからだ。不思議な期待感が胸のうちから溢れる。
 
 庭から棟にあがる。その瞬間、目の前の扉が一人でに開き、エルドリンが現れた。岩のように頑強そうな肉体。白い髭が口元を覆っており、大きな椅子に腰掛けている。あらかじめ二人がやってくるのが分かっていたようだった。
「我らが長、エルドリン。異星からの客人、リアーゼを連れてきた。彼は敵から襲撃され、宇宙船が壊れて困っている。皆の助力と、彼の滞在の許可を得たい」
 エルドリンは座ったままリアーゼとヴィオラスをじっと見つめる。重々しい沈黙が続く。
「ヴィオラス。念の為に聞いておくが、このリアーゼという人物は本当に信用できるのか?」
 エルドリンが尋ねる。見かけの通り、重厚で威厳のある声だ、とリアーゼは思った。ヴィオラスは少しだけ頷く。
「はい、彼もシャオデズモスを追い払ってくれた。とても良い戦士」
 ヴィオラスの独特の言い回しは、この星の特徴ではなく彼自身の特徴なのだとリアーゼは気付く。それに加えて、ヴィオラスはどうやら長から深い信頼を得ていることを肌で感じていた。
「エルドリン殿。私から発言をしても?」
「うむ」
 翻訳機を通じたリアーゼの声に、エルドリンはやや驚きながらも、冷静に頷いた。
 リアーゼはコンパクトなデバイスを取り出し、数秒間操作する。画面に敵勢力の情報が表示される。
「これが我々の共通の敵、ゾルタックス帝国。あなた方が、シャオデズモスと呼ぶ存在に深い関係があります。《災厄の蝿》は偵察機として送り込まれている可能性があります」
 画面が切り替わり、ゾルタックス帝国の戦力規模が映し出された。
「偵察機が活動を繰り返しているということであれば、収集したデータは本隊へ送られていることでしょう。このままにしておくと、宇宙船団……数隻から数十隻を招き入れる算段を立てるはずです」
 エルドリンは情報を吟味すると、しばらく考え込んだ。
「なぜ、この星を――セリュナを狙う?」
 リアーゼは一つ頷いて、周辺の星々のデータを表示した。
「この星は資源が豊富なのです。奴らは星を食い潰して生きる種族だと思ってください。――私も母星を取り返すため、奴らと戦っているのです」
 エルドリンは情報を吟味すると、しばらく考え込んだ後、深く頷いた。
「分かった。お前たちの言っていることが真実なら、滞在を許可する。宇宙船の修理についても助力しよう。ただし、この星とその資源、ひいては住人を守るため、全力で協力することが条件だ。特に敵の情報について、知っている限りを教えてくれ」
「もちろんです。心より感謝致します」
 リアーゼは敬礼した後、ヴィオラスにも礼を述べた。

 二人の様子を見たエルドリンは、リアーゼの青と黄色の宇宙服に目を留める。ヴィオラスの信頼を得ている点もだが、新たな文化と技術がこの街にもたらされる兆しを感じていた。その表情は、先ほどの疑い深い厳かな様子ではなく、未知との最初の接触に対する喜びと期待に満ちている。
「では改めて。ようこそ、リアーゼ。私はエルドリン、このフローラベルの長である。君の色彩豊かな装いが新しい風を感じさせる。我々も君から多くを学ばせてもらおう」
 と、エルドリンは自信溢れる声で言葉を続けた。
 エルドリンはリアーゼの目、特にその青い瞳にも注目する。それは未来への扉を開くかのような期待と興味で彼の心を満たしていた。
「私の力で助けになることがあるのなら、喜んで。よろしくお願いいたします」
 無事に挨拶と相互協力の約束が取り付けられ、その後は情報交換を盛んに行い、協力的な雰囲気となった。
   
 ◆ ◆ ◆

 情報交換と作戦の目処が立ったところで、二人はヴィオラスの家で待機するよう、エルドリンより告げられた。エルドリンの邸宅をあとにし、ヴィオラスの家へと向かう。すぐ近くの距離であった。
 リアーゼは周辺の建物よりも更に独特な建築と美しい庭に驚く。エルドリンの家よりも、装飾が多い。
 家の中に入ると、ヴィオラスは杖を軽く振い、空中であらゆる物を移動させてみせた。リアーゼは思わず感嘆の息を吐いた。
「これが私の家。お茶でもどうか」
 書物と宝玉が至る所に置かれていた。木でできた椅子と机の上には古いクロスが敷かれており、その上で陶器の水差しと器が舞う。同時に椅子が少し移動して、まるで椅子自身がリアーゼを呼んでいるようだった。
「驚いた。ヴィオラスは、アゼムを自由自在に操れるんだね」
「私、皆よりちょっとだけできる。でも、リアーゼも慣れればきっと使える」
 ヴィオラスは満面の笑顔で返答した。
 しばらく、二人で話に花を咲かせた。暦は違うものの、年齢が同じ二十歳だと分かってからは、互いに緊張が解けていった。
「リアーゼ。君の装備、何の力で動くか?」
「電力だ。ああ、そうか。細かいエネルギーの分類は無いから……なんと説明すれば良いか」
「もしかしたら、これ」
 ヴィオラスの手の中に、何かが飛び込んできた。それは青い宝玉で、底の見えない色をしてた。
「リアーゼの持つ装備、全て雷に似たアゼム。その宝玉の近く、寄せるといい」
 ヴィオラスの言われた通り、翻訳機や小型ブラスター、その他のデバイスを宝玉の側に近づける。そうすると、全ての装備が充電中の画面に切り替わった。
「……!」
「どう、アゼムは便利」
 驚きで声が出ないリアーゼの反応を、ヴィオラスは面白がる。リアーゼは強い衝撃を受けた。この星の文化と文明は、自分自身が触れてきたハイテクノロジーと同等かそれ以上であると認識を改めるほどだ。
 
 ふと、二人の間に柔らかな光が飛来した。それはしばらく机の上に留まり、パチンと弾けた。
「エルドリンから、合図きた。行こう」
「何処へ?」
「すぐ、分かる」
 ヴィオラスは人懐こそうな笑顔で、張り切ってリアーゼを率いていった。
 
 ◆ ◆ ◆

 夕方の柔らかい光がフローラベルの白い建物にほんのりと当たり、石畳の広場は生き生きとした雰囲気で満ちていた。
「エルドリンが宴会の席、設けている。皆に付き合ってほしい」
 ついさっき墜落してきた異星の存在を歓迎するというのは、大変に珍しいことだ。すれ違う人々は、リアーゼに対して非常に友好的だった。
 リアーゼは改めて、フローラベルの文化と人々に対する深い興味と尊敬を感じ、この未知の土地での冒険に胸が躍っていた。
「ここが広場。ほら、あれ」
 広場の一角には大きな木製の舞台が設置されており、エルドリンがその上に立っていた。彼は広場に集まった人々に微笑みかけながら、手に持っている小さな魔法の杖をひと振りした。
 瞬く間に、杖の先から放たれた光が広場を照らす。幻想的な光景に、リアーゼは目を奪われた。
「エンドリン。リアーゼ、連れてきた」
「おお、来たか」
 人々の話し声がひっそりと止み、期待に満ちた静寂が広がる。
「皆のもの。今宵は特別な夜になる。新しい友人が街にやってきた」
 エルドリンの声は深く、重みを感じさせた。彼の言葉に続いて、リアーゼが舞台に上がる招待を受ける。
「彼はリアーゼ。異星から来た訪問者。船が故障しているので、詳しいものは助力を。賢者ヴィオラスと共にシャオデズモスを撃退してくれた」
 エルドリンが紹介すると、リアーゼは少し緊張した面持ちで、しかし真っ直ぐな目で人々に頷きを送った。
「リアーゼと申します。不時着した際に、ヴィオラスに助けて頂きました」
 翻訳機の範囲内に入っていた人々から、どよめきが起きる。リアーゼの肉声と、その声音に近づけた母国語が、同時に聞こえたためだろう。
「それから、シャオデズモスは私にとっても敵です。私が力になれることであれば、惜しまないつもりです。どうぞよろしくお願いします」
 リアーゼにとって、このような場面は不慣だったが、人々にとっては誠実さが十分に伝わる内容だった。
「新しい友人、リアーゼを歓迎しよう!」エルドリンの声が高らかに広場に響き渡ると、集まった人々から歓声が上がった。
 
 周囲の人々はリアーゼを囲んで、新鮮な食材で作られた料理や果実を手渡す。彼らはリアーゼの反応ひとつ一つを楽しそうに見つめた。ヴィオラスは特に熱心に地元のデリケーシーを紹介し、そのひとつひとつについて情熱的に説明する。特製のシロップを染み込ませた果物や、地元のハーブで香りをつけた料理など、どれもが一風変わったものばかり。
 リアーゼは初めて口にするその料理に驚きと感動を覚える。特に、ヴィオラスが「これは星の神秘、アゼムが最も強く感じられる料理」と紹介するスパイシーな煮込み料理には、目を輝かせた。
 ヴィオラスがリアーゼの方を向いて微笑む。
「どう、フローラベル、気に入った?」
 リアーゼはその質問に、目を細めて笑顔で応える。
「とても素晴らしい。本当にありがとう、ヴィオラス」
 この瞬間、ヴィオラスは何か特別なものをリアーゼの中に感じ取る。それはただの礼儀や丁寧な言葉遣い以上のもの、リアーゼがこの文化とこの場所に深い敬意を感じていることを彼に感じさせた。
 街の人々も、その交流に何か温かみを感じ、より一層リアーゼを受け入れる雰囲気が広がる。リアーゼはただの外来者から、フローラベルの新しい一員へと静かに変わっていった。

 エルドリンがヴィオラスとリアーゼのテーブルに近づく。酒を酌み交わしながら、ヴィオラスの肩をぽんと叩いた。
「ヴィオラス、お前の語りの力、それを今夜も示してくれるか?」
「もちろん。すぐ、準備する」
 ヴィオラスは微笑んで頷き、その場を離れた。
 彼は一体何者なのだろう、とリアーゼは彼の後ろ姿を見つめる。先ほどは賢者と紹介されていた。邸宅が長よりも豪華であることから、もしかしたら地位のある人なのかもしれない。長い緑の髪が左右に揺れて、美しい動物の尾にも見えた。
 エルドリンはリアーゼが考えていることを察したのか、近づいてきてこう告げた。
「リアーゼ、ヴィオラスはただの語り部ではない。彼の言葉にはアゼムの力が宿る。それがこの星の人々に希望と調和をもたらしているのだ。異星の君にも、きっと感じ入るものがあるだろう」
「それは素晴らしい」
 リアーゼは胸を躍らせた。このような経験は人生でそう何度もできるものではないと、期待を募らせる。彼もまた目新しいものや刺激的なものを好んでやまない性格であった。

 広場の中央でヴィオラスが立ち上がると、周囲の話し声や音楽が自然と静まり、全員の視線が彼に集まった。ヴィオラスは深い緑色のローブをまとい、頭には複雑な紋様の刺繍が施された頭巾を被っていた。長い髪が頭巾にしまわれているためか、独特の喋り方をしていた先程の彼とは違う雰囲気となっていた。目元に赤いラインが引かれており、歌を捧げるための特別な装いであると、リアーゼは理解した。彼の手には不思議な形状の楽器が握られており、その楽器はフローラベル独特の素材でできているようであった。
「この歌は我々賢者が代々受け継いできたものであり、アゼムの力をその身で感じ、そのエネルギーを共有するためのもの」
 ヴィオラスの深呼吸が繰り返す度、楽器から低くて深い音が溢れ出す。彼の口から、地元の古代語で「タズレ・アレミア、ツァレイ・アルバンザ」(力と和平の神よ、我々にあなたの祝福を)と、溢れる。一際大きく息を吸うと、彼は声を高らかに歌い始める。
「エラ・タウヴィ、アルバンザ」
 リアーゼの翻訳機では訳せない単語ばかりであったが、リアーゼはそのエネルギーを全身に浴び、表面的な意味よりも体得する理解が何よりも上回ると肌で感じ取った。
 楽器と共に、ヴィオラスの歌声は深く響き渡り、まるで多層のハーモニーを形成しているかのように感じられる。
「ヴェリー・オラーラ・セーラ……」
 歌が進むにつれ、彼の楽器から低くて荘厳な音だけではなく、繊細な音色が出始め、その音はアゼムのエネルギーによって広場いっぱいに広がる。ヴィオラスの声と楽器の音が一体となり、人々の心と魂に深く響き渡っていった。
 リアーゼはヴィオラスの歌声にただただ呆然と聞き入っていた。その声はただの音楽以上の何かを持っていて、まるで魂そのものを揺さぶるようだった。彼はそのひとときに完全に没入していた。
 
 古代言語で形作られている歌。それはこの星、フローラベルの歴史と文化、アゼムの力が織り成す独自の響きを持っている。これがこの星で進化したアゼムによる特有の「テクノロジー」であり、「先進性」を持つ一種の高度な文化表現である。リアーゼはアゼムと呼ばれるエネルギーの汎用性の高さと文化面の高度さに感激を覚えた。
「これがヴィオラスの力……。アゼムによる能力がこんなにも美しいものを生むなんて」
 リアーゼはフローラベルの持つ独特の文化と科学、そしてヴィオラスの深い力に完全に魅了され、リアーゼはしばらく思考の中でも言葉を失っていた。その歌、そしてその力は、機械的なテクノロジーが高度に発展した彼の故郷では考えられない種類のものだった。アゼムのエネルギーが歌と共に広場に満ちていく様子を感じ、リアーゼはその力の規模と深みに圧倒される。

 ヴィオラスの歌声が静まり、広場に充満していたアゼムのエネルギーが少しずつ落ち着いていく。歓声と拍手を受けながら、ヴィオラスはリアーゼの方へ歩み寄った。顔には得意げで、どこかお茶目な笑みを浮かべている。
「どう、リアーゼ。私、実はちょっとすごい」と彼は言った。
 その一言に、リアーゼは思わず笑ってしまう。
「ちょっとすごいって、かなり控えめだと思うよ。それはもう、圧倒的にすごい」
 二人は再び酒を交わし、さらに話し込んだ。ヴィオラスの笑顔がさらに広がる。二人の間に新たな信頼と友情が芽生えたことを、彼ら自身が最も強く感じていた。