決戦

 湖は朝焼けに照らされて、銀色に輝いていた。その水面は風のささやきによって微かな波紋を生み出し、静溢なひとときが流れている。早朝に輝く星々の光が湖面に反射し、まるで星が二つの世界に広がっているかのように見えた。湖畔には古木が立ち並び、その枝や葉が二つに、三つに別れて広がっている。空気は澄んでいながらエネルギーに満ちていて、リアーぜは深呼吸をする。傷つき、沈んだ心がいくらか楽になったように感じられた。
「……飛び立とう」
 リアーゼは自身の足元を見る。久しぶりに履いた、自分の靴が視界に入る。フローラベルに来てからはずっとヴィオラスから衣装を借りていた。木と革で出来た靴を脱いでから、自分は他の星から来ていた存在だったのだと強く実感していた。
 このような形での別れとなれば、二度とこの星に降り立つことはないだろう。湖から発せられる微かな水の香りと共に記憶が鮮やかに蘇った。

 リアーゼはヴィオラスが初めて出会ったあの日を思い出した。互いにぎこちなかったが、すぐに心を許し合う仲となったのが、ずいぶん前のことのようだ。
 シャオデズモスを追い払うべく奔走した日。この湖畔で宇宙船を修理しながら言葉を交わし、笑い合いながら星を数えた夜。互いの言語で言葉を教え合うこともあった。その日の湖と今の湖は、何一つ変わらず、その美しさは彼の心の奥深くに刻まれていた。短い間だったはずだが、思い出の数は山ほどある。

 湖の中央に修繕された宇宙船がそびえ立ち、微風に吹かれてゆらゆらと浮かんでいる。
 ――戻らねば。帰らねば。これ以上、この星に居ては駄目なのだ。自分は異物であり、諍いの材料となってしまった以上、長居は出来ない。そして自分自身にも果たさねばならない使命があるのだから。
 いよいよ飛び立たねばならない瞬間になり、温かな思い出に遅れる様にして、彼の胸の中に切なさや寂しさがこみ上げてきた。
 
 湖辺の小石を踏みながら進む。リアーゼの視界に一人の男性の後ろ姿が映り込む。長髪が美しいエル・グリーンがまるで柔らかなドレープの様になびく。緑と黄色のローブで体躯を包み、その姿を湖の水面が静かに映している。
 その姿は間違いなく、親友の姿だった。彼は戦闘で重傷を負い、長い間意識が戻っていない……。だから、彼の姿を目の前にしたリアーゼは、それが幻覚ではないかと疑った。
「ヴィオ、ラス……」
 朝焼けの下、湖の静寂が二人の存在をより一層際立たせた。彼の後ろ姿がするりと動き、ゆっくりと振り返る。彼の瞳は穏やかな光を放っていた。微笑みが口元に浮かぶと、その瞬間、周囲の全てが彼の温かさで満たされたかのように感じられた。
 リアーゼはその姿を目の当たりにし、心の中が溢れるような喜びで一杯となった。リアーゼの瞳には涙が浮かぶものの、その涙は静かな喜びと感謝の印として、こぼれ落ちることはなかった。足をゆっくりと動かし、彼はヴィオラスに近づいて行った。
「ヴィオラス……!」
 リアーゼがヴィオラスの前にたどり着くと、二人は互いに強く抱きしめ合った。その抱擁には再会の喜び、過去の痛み、そして互いへの深い気遣いと親愛が詰まっていた。湖の水面が二人の姿を静かに映し出し、星々がその特別な瞬間を優しく照らす。
 ――無事で本当によかった。ずいぶん悲しいことがあった様だ。ああ、なんて、かわいそうに。けれどなんて嬉しい日だろう。
 リアーゼはヴィオラスの声が音ではなく、何か思念のようなものが身体に流れ込んできたように感じた。
「君、まさか声が……」
「少し、出る。まだ完全、でない」
 ニッと笑顔を浮かべる彼は、ますますアゼムの力が強くなっている様だった。また、リアーゼの肉体はアゼムによって記憶を暴かれるという経験をしたことにより、アゼムを感知する経路が開いている状態でもあった。それにより、ヴィオラスの思念をリアーゼも受け取れるようになっている。
 ヴィオラスの回復を喜びながらも、リアーゼの瞳にはどこか影が落ちていた。ヴィオラスはそれを察して、
「どうした、リアーゼ?」と優しく問いかけた。
 リアーゼは躊躇いがちに、言葉を選ぶ。
「君たちと出会って、本当に幸せだと思っている……。けれど僕の過去や存在が原因で、戦況を複雑にした」
 堰を切ったように涙が溢れ、リアーゼは目を伏せた。憔悴した様子で声には苦悩が宿っていた。
「自分はもう、ここにいるべきではないと感じた。僕は、……もう、この星でできることはないと……」
 彼の声は震えていた。大きな悲しみの渦に呑まれないと、懸命に言葉を搾り出す。
「過去に失ったものの重さが、胸にのしかかって……だから、逃げ出そうとした。だからここに……、戦いを放棄しようとしたことも、本当に申し訳が……」
 彼の言葉の途中で、ヴィオラスがリアーゼの肩をしっかりと握った。
「リアーゼ。君と出会う前から、セリュナは、帝国に目をつけられていた」
 言葉を区切りながらではあるが、ヴィオラスの声がまっすぐにリアーゼへと向けられる。
「リアーゼの存在、不利にならない。むしろ、リアーゼの力と決意、私たちの希望になる」
 ヴィオラスは深く息を吸い、リアーゼを力強く抱きしめる。
 ――私たちが戦うのは、君の過去や過ちのためじゃない。私たちが選んだ道、そして未来のため。リアーゼ、君は私たちの仲間。そして、その気持ち、過去を背負いながらも、ここに立っている君を、私は尊敬している。
 溢れんばかりの思いが、リアーゼの胸の中に流れ込んでくる。傷ついた心に深く染み渡る慈しみに、リアーゼは抱擁を返した。
「ッ……、! ウゥ……!」
「大丈夫、伝わる。リアーゼ、ありがとう」
 それ以上、言葉は必要なく二人の間の空気がその全てを物語っていた。
 
 湖の静けさは一瞬にして打ち砕かれた。
 遠くの空の彼方に、黒い影が一つ、また一つと増えていく。それはまるで死の予告をする真っ黒い鳥にも見えた。ゾルタックス帝国の艦隊の姿。その影の迫る速度は尋常ではなく、轟音を立てながら飛び去っていく。
「うわぁぁぁぁ!」
 遠くの街から、パニックに陥った市民たちの悲鳴や騒ぎ声が湖畔まで届いてくる。家族を守ろうとする者、逃げ場を求める者、そして絶望する者。彼らの声は、一つの大きな波となってリアーゼとヴィオラスの耳に届く。
「街が、……。フローラベルが……!」
 リアーゼとヴィオラスは一瞬、その現実を受け入れることができなかった。しかし、二人の心情など無関係に轟音と悲鳴が幾重にも響き渡る。
「行こう、ヴィオラス」
 リアーゼの言葉は静かだったが、その中には揺るぎない決意がこもっていた。二人の目が合った瞬間、お互いの考えが通じ合ったのを感じた。その目の奥には、痛みや不安だけではなく、守るべきものへの強い意志が溢れていた。瞳に宿る炎のような熱意は、二人の間に強く結びつきを物語っていた。リアーゼの目には、どんな困難も乗り越えるという覚悟が宿っていた。
 
 二人はそのまま、宇宙船へと走り出す。足元には湖の水面がきらきらと反射し、煌めく星々が彼らの背中を照らす。美しい情景とは裏腹に、空にはゾルタックス帝国の艦隊が巨大な影を落とし、最悪の未来の到来を予感させる音が響いていた。

 ◆ ◆ ◆

 フローラベルの上空に異様な影が現れる。ゾルタックス帝国の艦隊が、街を覆い隠すかのように迫ってきた。その中でも、特に大きな一隻の艦から高出力のビームが放たれ、街の中心地を次々と破壊していった。火花を散らす爆発と共に、街民たちの叫び声が響く中、空に広がるホログラフィックディスプレイが点灯した。イクイノクスの冷徹な顔が映し出される。
「イクイノクス! 一体、これはどういうことだ!」
 エルドリンの怒号が響き渡る。不可侵条約締結の話を進めていたというのに、街を攻撃するという暴挙に出るとは予想していなかった。彼のアゼムによって、人が集まっていた市場全体は間一髪保護されていたが、人々は逃げ惑い、混乱と恐怖に満ちていた。
 イクイノクスは返答があっさりと返ってきた。
「リアーゼ・ネブラスを探している。彼を出さない限り、この破壊は続くだろう」
「何……!」
 艦隊は一時的に攻撃を止め、威圧するように上空で止まり続けた。 
「リアーゼ。お前を探している」
 イクイノクスの声が街中に響き渡る。その音は宇宙船のコックピット内にも響き渡り、リアーゼとヴィオラスは一瞬だけ顔を見合わせた。彼らの目には驚きと困惑が交錯していた。リアーゼが通信機を取り、イクイノクスに対して反応する。
「何のつもりだ、イクイノクス」
 イクイノクスはゆっくりと笑みを浮かべた。その姿はリアーゼの宇宙船内のディスプレイにも映し出された。
「お前を迎えに来たのだ。そろそろここの住人からも突き放され、隔離され、迫害されたのではないか? 例えば、お前の出自を明らかにするため、拷問に近い苦痛を味わわされたのではないか?」
 ……あれは、イクイノクスが煽動した結果だったのか。リアーゼは瞬時に理解した。アゼムによって過去を暴かれた苦しみが、瞬間的に甦る。リアーゼは唇を噛み締め、呼吸ひとつさえもイクイノクスに悟らせないよう、じっと耐えた。
「ネブラス・コンヴォイの為、お前がそこまでする義理はあるのか? 我々はお前の能力を買っている。同胞となるならば、身の安全と地位を約束する。どうだ。我々の目的を果たすために、戻って来ないか」
 リアーゼの身体中が怒りと憎しみによって強張る。意図的に息を細く、長く吐き出していった。少しずつ気を落ち着かせ、しばらくの沈黙の後、声を強めて言った。
「僕はもう逃げない! 捉えて見せろ!」
 ヴィオラスもまた、リアーゼの横で頷き、準備を整える。二人の前には、イクイノクスとの決戦の火蓋が切られる瞬間が迫っていた。
 両者はそれぞれ高度を上げ、決戦は宙へと持ち込まれた。

 ◆ ◆ ◆
 
 リアーゼの目からは強い決意が滲んでいた。その瞳には、過去の仲間たちの瞳と重なって見える。彼らが背負っていた希望や夢、そして彼自身の罪の意識。彼らの思い出が彼を支え、力を与えてくれるのを感じていた。
 宙の無限の暗闇。ゾルタックス帝国の巨大な戦艦が静かに浮かぶ。星々の光が微かに瞬き、その光の反射が艦の金属表面を照らしていた。艦の砲台が一斉に放たれる光線が、二人を乗せた宇宙船に降り注ぐ。ヴィオラスが宇宙船全体に強化を施し、戦闘機と同等の速度と外殻となっており攻撃を難なく避けていった。
「ゾルタックス帝国。元といえば僕らの母星を奪い取ったのが始まりだ。お前たちに対し、僕は一歩も引くわけにはいかない」
 ヴィオラスはリアーゼの覚悟を支持する思いで、彼の手を握り締めた。ヴィオラスとの絆。更には彼を通して、リアーゼはフローラベルの人々の温もりを感じ取っていた。ゾルタックス帝国の策略によって煽動された結果であるならば、それは洗脳操作されていたに等しい。街の人々が彼らに与えてくれた信頼や温かさに偽りはない。
 リアーゼとヴィオラスの、二人の心の中で一つの強い絆となって結ばれていた。
「イクイノクス。君たちのように暴力で解決しようとは思わない。僕が得た絆……それが僕の力になる」
 リアーゼの声は堂々としており、その言葉には深い誇りが込められていた。イクイノクスの顔は一瞬、驚きの表情を浮かべるが、すぐに冷笑に変わった。
「ははははッ! この私が、唯の暴虐でここまで上り詰めたと思っているのか!」
 イクイノクスの言葉は、鋭くて強烈だった。彼の言葉と同時に、彼の艦からの攻撃が更に激しくなった。避けた光線が遠くの宇宙塵を次々と破壊していく。リアーゼの艦も何度かその攻撃を避けていたが、明らかに圧倒されている様子だった。
「帝国が力をつければ、それだけ多くの命を預かれるということだ。それだけ守る力をつけられるということだ。お前が言っていることと何が違う」
 イクイノクスの顔には、熱意と確信がにじんでいた。彼の言葉は力強く、リアーゼの心に深く突き刺さる。リアーゼの瞳は、一瞬だけ怒りと混乱を示すが、すぐに再び冷静さを取り戻していた。
「話を抽象化して、何になる。僕にその話をしても無駄だ」
 リアーゼの反論を、イクイノクスは鼻で笑う。まるで子供の言い訳をひとつも聞かない大人がするような態度だった。
「ネブラス・コンヴォイ。人工繁殖――遺伝子操作とクローン技術で駒を増やし、命を延命する種族。リアーゼ。貴様も戦うための兵士として育ったのだろう」
 リアーゼの瞳が瞬く。彼の出自についての詳しい言及は、明らかに彼を動揺させていた。
「なんという非人道的な命なのだろう。哀れ、憐れ! そうしてまで戦い、命を浪費する船団に、一体何の恩義があるというのだ。答えて見せよ、リアーゼ・ネブラス!」
 イクイノクスは声高に笑った。彼の瞳には炎のような情熱が燃えていた。イクイノクスの胸の中には、中央司令官という立場と、自分の信念を突き進む強い意志が感じられた。
「帝国が囲う柵の中であれば十歳に満たぬ子供とその親が死ぬことはない。そこには私の思いがあるからだ。私の幼少期に起きた悲劇を繰り返さないためだ!」
 イクイノクスの声が揺れていた。冷酷だと思っていた中央司令官の、悲しき過去が見え隠れする。彼の言葉には、強い痛みが隠されているようだった。リアーゼは、イクイノクスの真意を感じ取り、彼との戦いが単なる勝利のためのものでないと理解し始めていた。
「……!」
 イクイノクスの得意とする策略の、作り話ではないことは声に込められた熱量で感じ取っていた。全神経を攻撃回避に割り振りながらも、暴虐が持つ正義の一面を突きつけられ、リアーゼは短く呼吸を繰り返す。
「安全圏内を作る。お前の思想に近いのは、ネブラス・コンヴォイと我が帝国、どちらなのだ」
 彼の行動原理は常に《平和のための強さ》であるとするなら。帝国を強くすることで、かつての自分のような子どもたちが同じ運命を辿らないようにと考えているとするならば……。
「……ッ! それでも、フローラベルの人々を攻撃する理由にはならない! お前は矛盾している!」
 リアーゼは操縦桿を握り直し、イクイノクスの声を振り切るかのように船の速度を上げる。機動力を最大限に活かし、攻撃を交わした。一方、ヴィオラスはシールドの制御を担当し、同時に機器と自身の出力を繋いで次から次へと迫る敵のミサイルを撃ち落としていく。
「大局でモノを見ろ、リアーゼ。お前にはその能力がある」
 しかし、帝国の数の圧倒的な多さと連携の取れた攻撃に、二人は次第に追い詰められていった。ゾルタックス帝国の艦隊の接近と共に、宙は雷鳴のような轟音に包まれた。それは、帝国の強大な艦船が一斉に放つ攻撃の音。その激しい攻撃の雨に、アゼムによって強化されたとはいえダメージは無視できず、宇宙船が大きく揺れる。
「僕は、僕の親は! 技術と知識を親としている! それは、永劫変わらない!」
「フッ……。生まれは選べん、か」
 宇宙船の外側には、雷のような光線や赤熱したミサイルが激しく交差する。船のシールドは限界近くまでエネルギーを失っており、一つでも大きなダメージを受ければ、二人の運命は尽きることとなる。
「リアーゼ、左後方からの攻撃!」
 ヴィオラスが叫ぶと、リアーゼは即座に船を右に大きく旋回させ、僅差のところで敵の光線を避けた。それに続くカウンターアタックで、数艘の敵艦を撃沈する。
「それでも……それでもなお! 僕は進むと決めた!」
「残念だ。ここで引き返せたのなら、優秀な人材の反抗期として片付けてやったものを」
 すぐさま、その背後から新たな敵が迫ってくる。疲労と焦燥の中、リアーゼとヴィオラスは互いに声を掛け合いながら、絶体絶命の状況を打破すべく戦い続ける。彼らの瞳には恐怖ではなく、未来への希望と信じる力が輝いていた。
「リアーゼ、少し時間、稼いで」
 ヴィオラスはシートから降りた。リアーゼの返事を待つことなく、艦内のエンジン部分に最も近いところで目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。彼の周りは完全な静寂に包まていく。
 彼の頬に、蔦のような淡く輝く模様が浮かび上がり、徐々に輝きを増していった。彼の頭から足元にかけて、淡い青い光が流れるように広がり、彼の体全体を包み込んでいた。その光は、彼の体から放たれ、彼を中心として広がっていくように周囲に放射されていった。
 ――我は星の子。空に上り、雷を以て突き立てる。雷はつるぎ、つるぎは柱、柱は我の背を貫く。
 ヴィオラスは言葉でアゼムを整えることなく、強い意志と決意を込めて身体全体で古代語を唱えた。口から発していないはずの言葉は、宇宙船内に響き渡り、それに呼応するように彼自身が強く光る。
 宇宙船が、突如として輝きを増していく。船内の機器や照明が、一斉に明るく輝きだした。リアーゼは驚きの声を上げながら、その変化を目の当たりにしていた。
「……うん、できた」
 セリュナとヴィオラス、そしてリアーゼの船との間には、見えない絆が強く結ばれていることを感じることができた。ヴィオラスの身体から放たれるエネルギーは、彼とセリュナとをつなぎ、その力をリアーゼの船に流し込んでいた。
 ヴィオラスはゆっくりと目を開けると、彼の体から放たれていた光も次第に消えていった。彼は再び深く息を吸い込みながら、リアーゼの船が新たな力を得て輝き続けているのを確認した。その姿は、まるで宇宙の中で一つの明るい星のように見えた。
「エネルギー、セリュナから借りれた。燃料切れ、心配要らない」
「そんなことが……!」
 リアーゼは驚きの声を上げつつ、勝機を見出す。一瞬の隙も与えない速さで次の戦術を練っていた。
「左舷に回り込む3隻を先に撃破。右翼の大型艦は、集中砲火で仕留める」
 リアーゼはそう呟き、複雑な操作で船を操つる。細かなワープを繰り返し、宇宙空間を飛ばし飛ばしで移動する。機動性に優れた彼らの宇宙船は、一瞬で左舷の3隻に近づき、エネルギー光線を放った。
「撃破!」
 その直後、船体全体が揺れるような轟音が鳴り響くと、右翼の大型艦への攻撃を開始。濃密なエネルギービームが、次々とゾルタックス帝国の大艦に向けて放たれた。大艦の強固な装甲も、このエネルギーの前では無力で、炎と黒煙を上げながら次第に破壊されていった。
「……こんなにも、自由になれるなんて!」
 息を弾ませ、新しい手足を得たような機敏な動きを実現するリアーゼに、ヴィオラスは感動を覚えていた。ヴィオラスは宇宙船とセリュナと両方にアクセスしているような感覚であるため、宇宙船の動きに対し知識はなくとも理解ができた。自由な発想による動きがリアーゼの能力が引き出されていき、敵艦隊を圧倒していく。コックピット内の空気は熱を帯び、二人の額には汗がにじむ。その目は決意に燃えていた。
「後ろ!」
 リアーゼは船を敏捷に180度回転させ、迫る敵艦に向かって再びエネルギー光線を放つ。宇宙の戦場は、彼らの驚異的な力と連携によって、一気に形勢が逆転していた。
「イクイノクス!」
「ぬぅ……!」
 中央司令官が乗る艦隊に宇宙船が迫る。
「リアーゼ。イクイノクスの戦艦、エネルギー動力部までの線を繋いだ」
 ヴィオラスの言葉を聞き、リアーゼは短く息を吸い込みながら、ディスプレイを凝視した。その戦艦は他のものとは一線を画する装甲と形状を持っていたが、その艦の心臓部、エネルギー動力部の位置を瞬時に特定した。
「わかった、その大艦のエネルギー動力部、狙う!」
 彼は船を急旋回させ、イクイノクスの戦艦に更に接近する。正確無比な操作で、その弱点へとエネルギー光線の照準を合わせた。
「考え直せ、リアーゼ!」
 イクイノクスの突如の通信により、宇宙船のコックピット内に彼の声が響き渡る。リアーゼの顔が一瞬、険しい表情を浮かべる。その声の重さと権威に、彼の身体は反射的に硬直した。リアーゼの広がった瞳孔が通信ディスプレイをじっと見つめていた。
「リアーゼ」
 ヴィオラスの声が、彼を引き戻した。操縦桿を取り締まる手の震えを感じ取り、ヴィオラスは優しくリアーゼの手を覆った。その温かさと、手のひらの安定感が、リアーゼの不安を少しずつ取り除いていく。操縦桿にかかる力が、ゆるんでいくのがわかった。
「大丈夫。二人でなら、乗り越えられる」
 ヴィオラスの言葉に、リアーゼはゆっくりと頷きながら、彼の瞳を見つめ返した。その瞳には、共にこの困難を乗り越えていくという確固たる決意が宿っている。リアーゼは気を引き締め、眼前のディスプレイの照準へと集中した。彼の呼吸が一瞬だけ止まった。
 コックピットの明るさが、ビーム発射の準備を知らせるために一段と強くなる。セリュナから集められた力が、一点に集中し、ビーム発射のためのエネルギーが最高値に達した。
「発射!」
 声に合わせて、彼はトリガーを引き絞った。その瞬間、宇宙船の先端から、輝く眩いビームが放たれた。ビームは直線的に進むと同時に、その途中の障害物を容赦なく焼き尽くした。ビームの放たれる音は、コックピット内にも響き渡り、リアーゼとヴィオラスの心臓を高鳴らせた。
 ビームが直撃すると、戦艦のエネルギー動力部は一瞬で過熱し、赤く輝く光を放ちながら暴走を始め、猛烈な爆発が生じた。一部の部材が高速で宇宙の闇へと飛び散り、周囲の小さな艦船まで巻き込む程の爆発が広がった。
 戦艦が燃え上がる姿は、セリュナの怒りを思わせる壮絶なものであった。炎と煙をまといながらスローモーションのように転回していった。

 戦いの最中、一瞬の空白が生まれる。二人は息を揃え、状況を確認する。宙の闇には爆発の明滅が浮かび上がり、その光景はまるで銀河に咲く炎の花のようだった。
 再び、イクイノクスが乗る戦艦からの通信が宇宙船のコンソールに表示された。映像には、イクイノクスが傷だらけの顔で視線を向ける姿があった。
「リアーゼ・ネブラス……!」
 彼の声はいつもの冷静さを欠き、痛みを感じさせるものだった。
「……これで終わりだと思うな。お前がゾルタックス帝国を裏切り、セリュナと結託し刃向かった。これは事実なのだからな」
 背後の宇宙戦艦内部は火花が散り、ダメージを受けた機器のアラーム音が響いていた。イクイノクスの頬には血痕が伸び、彼の身体もかなりのダメージを受けていることが伺えた。
 リアーゼは言葉を紡ごうとしたが、イクイノクスは続けた。
「お前が進む道を決めたというのであれば……次回の対決を心待ちにしているぞ」
 通信が切れると、戦艦は中破したまま輝き始め、瞬く間に遠くの宇宙へと跳躍していった。
 
 宇宙船の内部は、先ほどまでの戦闘の激しさとは裏腹に、静寂が広がっていた。全てのディスプレイや操作盤からの警告音やライトが消え去り、真っ暗な宇宙の星々の輝きだけが、船の窓を通して微かに漏れ入る光となっていた。
「やっ、た……」
 リアーゼの声は小さく、それでも感激を隠せなかった。彼の目は細められ、少し震える手をヴィオラスの方へと伸ばしていた。
 ヴィオラスは、深く息を吸い込み、
「ああ、……たった一隻で、退けた……!」と言い、リアーゼの手を取った。
 大きな喜びと共に二人で歓声を上げる。互いの間に生まれた強い絆が危機を乗り越えたのだと、その身を震わせた。
 二人の瞳には、戦闘の疲労と勝利の安堵が映し出されていた。リアーゼの瞳から滴る涙は、彼がこれまでの戦いでの犠牲や重圧を思い返していることを物語っていた。
「ああ、良かった。きっとこれからも……」
 未来の不安や戦いへの覚悟は消えていない。ゾルタックス帝国と再び戦場で交差する日、それは確実に訪れるだろうという予感はある。それでも、今日という日がネブラス・コンヴォイとセリュナで手を取り合い、力を合わせていくきっかけとなるだろう。
 彼らは勝ち取った安らぎを分かち合い、未来での協力を惜しまないことを心に決めた。