戦いには勝利したが、重苦しい空気がのしかかる。丸一日経ってもヴィオラスの意識が戻らない。治癒が得意なものを集めて総出で当たっているが、快復に向かっているとは言えない状態だ。命に別条はないものの、賢者の喉や声にダメージが残ることは、もっと特殊な損失を含む。
リアーゼもその事は理解しており、彼は自身の存在が起こした責任と無力さに打ちのめされていた。ヴィオラスが負傷した今、主人のいない家に留まるのは憚られたため、エルドリンの邸宅の客室に移動していた。
「賢者の言葉はこの星の言葉であり、この大地の意思。それらと同等の意味を持つ……」
リアーゼは、薄暗い部屋の中でうわごとの様に言葉をこぼす。
「僕ができる事は何だ。救急キットでは不十分だった。では、何を……」
傷ついた喉の組織を再生させる薬用飲料、塗布薬……。内部を保護するための体内シールド。ここまでは戦士たちの協力で実現できた。痛みの軽減もエルドリンの手配によってすぐに実現されている。
あとはヴィオラスの自己治癒能力に頼るしかない、と医師に言われ、リアーゼは拳を握りしめた。
その頃フローラベルの街は、ゾルタックス帝国との戦闘後の静寂に包まれていた。通りには怯えた表情をした人々が、囁くように会話を交わしていた。
「賢者の容体が良くないらしい」
「それでは、あの天幕はもう現れないと?」
「長のエルドリンが上手くやるとも」
「賢者も自然からのアゼムに守られているはずだ」
「客人リアーゼの目の前で負傷したらしいが……」
「彼は何をしていたんだ? 加勢しなかったのか?」
「賢者ヴィオラスが罠にかかったのを止めたとか」
「逆でしょう。リアーゼが罠にかかったのを賢者が助けたはずよ」
その中で、大型のホログラフィックディスプレイが突如として点灯する。街中にどよめきが起きた。
「フローラベルの市民の皆様へ」
ゾルタックス帝国の紋章と共に、低い声が響いた。映像が切り替わる。そこには椅子に腰掛けた大男が現れた。角張った帽子を目深に被り、表情はわからない。リアーゼとも違う装いであり、未見の素材とデザインは人々の視線を集めた。
「私は中央司令官のイクイノクス・オーダー。物々しい出会いとなってしまったことをお詫びいたしましょう」
彼の姿は異質だった。細かく織り込まれた衣服は、煌びやかな光沢を持っている。素材はどこか頑丈さを感じさせる質感だ。深い宇宙のような濃紺に、胸元にはゾルタックス帝国の紋章である、複雑なデザインの金属バッジが光を放っていた。彼の地位の高さや権威を感じさせる装飾が随所に施されている。
「私たちは宇宙の均衡を保つため、各星の治安維持を行う帝国。私たち帝国にはその責任があり、セリュナの星には脅威が迫っていると感じた為、勝手ながら幾つか偵察機を送っておりました」
その言葉と装束に、人々はくらりとする。脅威を振り撒いていたにも関わらず、偉大な者が大きな視点で語る正義に聞こえたのだ。
「端的に申し上げましょう。私たちの目的は敵性存在であるリアーゼ・ネブラスの身柄を確保すること。彼は私たちとの因縁があり、彼の存在が皆様を危険に晒しているのです」
街民たちの間にざわめきが走る。リアーゼは彼らにとってのヒーローであり、異星の技術をもたらした救世主だった。彼が危険な存在であるとは、考えられない。
「賢者ヴィオラスの負傷に関しては、こちらも意図せぬ事故だったのです。罪なき彼を傷つけてしまい申し訳がない。彼には私たちの適切な治療を受けさせることを約束いたします。しかし、その代わりとして、リアーゼ・ネブラスの身柄を私たちに引き渡していただきたい。異星人の彼と、あなた方の賢者であれば、どちらを優先するべきかなど考えるまでもないでしょう」
市民たちは困惑し、互いの意見を求めるような視線を交わした。
「なんて卑劣な……!」
と、ある老人が小声でつぶやいた。
「アゼムの化身である賢者を差し置いてまで、……。従うほかないのではないか」
と、ある老婆はヴィオラスを助けるためにリアーゼを犠牲にしようした。
「待て。侵略者の言葉を鵜呑みするつもりか。はなから異星人と帝国とやらが通じていたのではないか。リアーゼの宇宙船から送っていた信号は、本当に母船への救援信号だったのか?」
と、疑り深い青年はいった。リアーゼがゾルタックス帝国と何らかの関係を持っているという疑念が膨らんでいく。
「リアーゼが……そんな訳ないよ! 皆、リアーゼの語りを聞いたでしょ!」
と、リアーゼとの親交が深かった少年は叫んだ。
「しかし、ヴィオラスの命を救うためには…」
と、若い女性が涙ながらにつぶやいた。
フローラベルの人々の間には、信頼と疑惑、希望と絶望が交錯する複雑な心情が広がっていった。
イクイノクスは人々の混乱を満足げに眺めていたが、人々はそう言った邪悪な気配には気づかなかった。
彼は深く息を吸い、低い声のまま言葉を続けた。
「いずれにしても、私たちからはもう攻撃などしないことを誓いましょう。そのための和平条約を締結しようではありませんか」
イクイノクスは堂々とした態度で話し、彼の声には誠実さと熱意が込められているように聞こえた。彼の目は真摯さを湛え、支配者という気配を感じさせないものだった。
「待て!」
大急ぎで駆け付けたリアーゼが反射的に叫ぶ。その声には強い拒否と疑念が混ざっていた。イクイノクスの言葉は油断ならないことを彼は知っている。頭の中で数々の策略が脳裏をよぎっていく。
リアーゼの表情は厳しいものに変わり、イクイノクスを睨みつけた。
「私の身柄ならすぐに差し出す。ただし治療はこちらが用意した場所だ。降りてくるのも医師のみ。断じて、ヴィオラスを引き渡しはしないし、お前らもここに拠点を置く事は許さない」
リアーゼの声には揺るぎない決意が込められていた。警戒感を隠すことなく、指をさして続ける。
「和平締結? それがお前らの常套手段だろう。実効支配を行うための第一歩。お前らだけが有利な条文を並べるつもりか」
フローラベルの人々は、リアーゼの見たことのない表情にひどく驚いた。常に穏やかに微笑む彼が、ここまで憤怒と拒絶を顕にしているのを見たことが無かったためだ。
この言葉を聞き、イクイノクスの目が細まる。口角がわずかに上がった。リアーゼの方に向かって、皮肉を込めた微笑みを浮かべながら、沈黙を破る。
「リアーゼ・ネブラス。約束通り、君が送っていた信号はきちんと、君の艦長へと伝えさせてもらった」
リアーゼの目が瞬時に見開かれる。彼の表情からは、驚きと共に微かな疑惑の色が滲み出ていた。唇が震えそうになるのを堪え、かすかな息を吐き出す。
「何……?」
イクイノクスの笑みがより意味深になった。彼の瞳はリアーゼの動揺を楽しむように、しばらく彼を見つめ続ける。微笑みの裏に隠された意図を伝えるように言った。
「長い間待たせてしまっただろう。我々とあなたの間の取引について話すべき時が来たのだよ」
彼の野心や策略を隠し切れないような笑みだった。彼の深い目の中には常に何かを計算しているような冷徹さが宿っており、目尻の細かい皺は彼が何度も裏切りを繰り返してきたことを物語っていた。今、まさにその策略でリアーゼを追い詰めようとしている。
「取引? 何の話だ?」
リアーゼは驚きのあまり、声が震える。人々からすれば、それは動揺した声に聞こえてしまった。
「あなたは我々と取引せざるを得ない。ネブラス・コンヴォイの救出のため、一芝居打って協力している。そういう事情を、まだ誰にも話していないのだろう?」
フローラベルの人々の間に、瞬時に疑念と不安が広がった。混乱とどよめきに掻き消されないよう、リアーゼはすぐに反論する。
「お前が仕掛けている策略を、僕は嫌というほど理解している。フローラベルの人々を不安にさせ、私を裏切り者として孤立させ、そして彼らを操ること。そして、最終的にはこの星を自分たちのものにするつもりだろう?」
リアーゼは怒りに震えながら、理路整然しながらも毅然とした態度を貫いた。
「リアーゼ」
風が軽く吹き抜ける広場の中、リアーゼの名前が呼ばれる。その声に反応して、リアーゼはゆっくりと振り返った。後ろから来る足音と、それに続く影を感じた時、彼の瞳はエルドリンの姿をとらえた。エルドリンの声は穏やかだったが、厳粛な雰囲気をまとっており、彼がフローラベルの長としてリアーゼの元へに向かって進んで来ることが分かる。エルドリンの青いローブが風に揺れ、彼の瞳には決意めいた光が宿っていた。
「エルドリン殿……!」
エルドリンは一瞬、瞳を閉じて深く息を吸い込むと、様々な配慮を思わせるように、ゆったりと目を伏せる。
「分かっている。私は君を信じているし、君は賢者ヴィオラスの客人だ。賢者相手に嘘偽りは貫き通せない。あの忌まわしき帝国の、味方ではない事は十分に分かっている」
その言葉と共に、エルドリンはリアーゼの前で立ち止まり、彼の両肩に手を置いた。その手には優しさと力強さが混ざり合っていた。二人の視線が交わる瞬間、その中には互いの信頼感と緊張感が宿っていた。
「ただ……。街のものが皆、不安を感じていることも事実だ」
リアーゼは何も言えなくなってしまう。自身の潔白を説明するのに、この場では材料が足りない。ヴィオラスという賢者であり語り部である存在が揺らいでいる今、リアーゼだけの言葉では皆を安心させるのは難しい状況になってしまった。
「イクイノクス殿。貴殿と取引がしたい」
エルドリンは、ホログラフィックに向かって返答した。威厳のある声に、イクイノクスはにやりと笑う。立場あるもの同士の対話が成立してしまうと感じたリアーゼは、慌ててエルドリンの腕を掴む。
「駄目だ、エルドリン殿! 《災厄の蝿》を撒いていたのもこいつらで、あなたのことは向こうも知っている!」
エルドリンは一つの隙もない態度でリアーゼを押し止め、しっかりと視線を交わす。
「フローラベルではない別の街もある。ひいては、この星の平和を守る為に、宙からの客人を取引に使うわけにはいかない」
リアーゼは愕然とした気持ちで立ち尽くす。彼は自分自身の存在でヴィオラスを救う道を考えていたが、エルドリンはそれすらも考慮に入れないつもりだと悟ったからだ。
街の長はイクイノクスの方を向いて告げる。
「イクイノクス殿。こちらにも事情がある。あなた方との和平に関して、たった一つの街の長である私では荷が勝つ。他の長の意見をまとめたい」
イクイノクスはこの場にふさわしくないほど、にこやかに応じた。
「もちろん構わないとも。三日は必要だろう。そしてこちらに来るのは不安だろう。私がそちらへ単独で赴く。では」
ホログラフィックディスプレイが消え、再び街にはどよめきが満ちた。
「リアーゼ。私の邸宅から一歩も出るな。君にとっても危険だし、街の皆にも考える時間を与えて欲しい。客人の君に……、すまないことをしているのは分かっている」
そう言って、エルドリンは街の人々へ道を開ける様に指示し、リアーゼを速やかに退却させた。
重厚な扉がリアーゼを隔離する様に閉ざす。
「違う……違うのです。私が、他星の問題をここに持ち込んだとも言えるのです……」
エルドリンの居ない部屋の中、誰かに許しを乞うようにリアーゼは呟いた。
もっと良い戦いが出来ていれば。もっと早く罠に気づいていれば。もっと敵帝国について伝えられていれば。もっと上手く偵察機対策が取れていれば。ヴィオラスと出会わなければ。自身の生存の為に、着陸しなければ。もっと敵の攻撃をかわして宇宙の中で逃げおおせておけば……。
「皆、……。ヴィオラスを、どうか助けて」
リアーゼは自分自身の手足がひどく冷えていくのを感じ、顔の前で両手を組む。震えと寒さを抑えようとするが、止まらない。その姿はまるで祈るようだった。
彼は扉の前で、しばらく崩れ落ちたままでいた。
◆ ◆ ◆
恒星がその高さを増し、輝線を強める。広大な宮殿の大広間には、各地から集まった街の長たちが放つアゼムの気配が充満していた。長たちの間には困惑や不安が漂っており、彼らの視線は散り散りであった。
宮殿の中央に立つ大きな円卓の周りには、各街の代表者が着席していた。彼らの中には、エルドリンを支持する者や、懐疑的な者、またリアーゼの情報を得た上で質問を投げかける者もいた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
エルドリンが立ち上がり、深く頭を下げる。彼の声は堂々としていた。
「我々は、これまでの歴史の中で多くの困難に立ち向かってきました。しかし今回のゾルタックス帝国との接触は、まさに前代未聞の事態です」
一部の長たちは、唸り声をあげるかのように顔をしかめた。「賢者がいるこの街が、なぜゾルタックス帝国を追い返せなかったのか」という疑問が、空気中に浮かんでいた。
「ゾルタックス帝国との接触は避けようがありませんでした」
とエルドリンは説明を続けた。
「彼らの技術力は我々を圧倒するものであり、単純なアゼムの力のみで対抗するのは困難です。だからこそ、交渉のテーブルにつくことが必要だと判断しました」
「だが、賢者ヴィオラスが傷を負ったのは事実だろう?」
と、ある長が立ち上がり、指摘した。
エルドリンは一瞬沈黙するも、
「それは事実です。しかし、この状況を利用して我々の団結を乱そうとする外敵の意図には、決してのらせないつもりです」
と、堂々と宣言した。
長たちの間でささやきやざわめきが広がる中、エルドリンの確固とした態度と牽引する能力に、一部の者は感心の視線を向けていた。この集結は、セリュナの今後の方向性を決める重要な段階となることを、誰もが感じていた。
議論が激しさを増す中、エルドリンが手を挙げて静寂を求めた。その静けさの中、彼はゆっくりと深呼吸をしてから言葉を紡ぎ始めた。
「私は皆さんに共有すべき重要な情報がある」
エルドリンは冒頭から強調した。
「リアーゼより預かっている情報です。彼がここに来る前に、ゾルタックス帝国との接触経験があった。そしてその際に、彼は帝国の一部の内情や意図について知る機会を得ていました」
円卓はさらなる緊張感で満たされた。多くの目がエルドリンに釘付けとなり、彼の次の言葉を待つ。宮殿に差し込む光が、彼の口元にある髭の影をより一層濃くして、彼の言葉の重みを際立たせていた。
「彼らの技術力や権威、計算された行動からは想像できないほど、深く苦悩し、複雑な内部の葛藤や問題がある。その背景には、資源の深刻な枯渇がある。彼らは権威のために支配する星をいくつも増やしているが、資源の不足は常に課題となっている。この星への行動、それは彼ら自身の生存をかけた、闘争の表れなのです」
山岳の街の長であるグラフトンが、鋭い眉間のしわを深めて言葉を挟んだ。
「それならば、我々の資源、特にこの星の豊かな水や鉱物を欲するのは、予測できる動きだ。しかし、それだけが彼らの真の目的ではないのだろう?」
エルドリンは深く頷く。彼の深い瞳が真剣さを増してグラフトンの瞳を捉えた。
「その通りだ。彼らは更なる支配を広げるべく、新たな居住可能な星を獲得しようときしている。そしてセリュナは、その魅力的な候補の一つとして彼らの眼中にある。……リアーゼからの情報によれば、彼らは前向きな共存ではなく、我々を征服し、支配することを望んでいる。リアーゼも母星を彼らによって失い、今も戦っていると明かしていたのだ」
エルドリンの顔には重苦しい表情が浮かび上がり、彼の瞳には憂慮の色が深まっていた。
「リアーゼは我々に危機を知らせるため、そして未来を変える手助けをするために、身を投じて情報と技術を提供してくれた。賢者ヴィオラスが認めた異星人、リアーゼ。その事実だけでも、彼の言葉に一定の信憑性を見いだすことができる。私も、彼の星のように、我々の星が同じ過ちを繰り返すことは避けたいと心から願っている」
エルドリンの発言を受け、海に近い街の長、ユリアナが薄く唇を噛みながら深い考え込む表情となる。
「しかし、私たちの力で彼らと真っ向から対立するとなると……。本当に可能なのだろうか?」
ユリアナの疑問は当然、もっともな内容だった。エルドリンは顔を上げ、各長たちの顔を一つ一つ見つめながら言った。
「それこそが、今我々が真剣に議論し、そして共に解決策を見つけ出さなければならない問題だ。情報が正しければ、簡単には争いや破壊を避けることはできない。だからこそ、何らかの策を講じる必要があるのだ」
長たちの役目。それは団結し立ち向かうこと。言葉にすればたったそれだけではあるが、旧くからの知恵と知識によって編み込まれてきたセリュナのことを思えば、意を唱える者は居なかった。
◆ ◆ ◆
セリュナの大室。高い天井のもとに集まったセリュナの代表者たちの視線は、中央にある大きな円卓に集中していた。そこにゾルタックス帝国の代表、イクイノクスが現れた。
交渉の席に姿を現したイクイノクスは、一目で周囲の空気を凍りつかせた。彼の黒々とした鎧が周りの光を吸収するかのように、まるで闇そのものをまとっているように見えた。彼の眼差しは冷たく、その中には一筋の暖かさすら感じられなかった。セリュナの代表者たちは、彼の視線に捉えられることを恐れ、目を合わせることを避けていた。
エルドリンはこっそりと呼吸を深くし、心の中で自分を落ち着かせるように試みた。イクイノクスのオーラは、圧倒的な存在感を持っており、それは彼の外見だけでなく、彼の行動にも表れていた。ただ歩く姿でさえ、計算されつくし、緻密な策略に満ちているのだと感じさせる。
ユリアナはイクイノクスの存在に身震いしつつ、彼の邪悪な性質に抗うことを決意した。
「あれが、イクイノクス……」
グラフトンが低くつぶやいた。彼の声には、驚愕と同時に警戒の色が滲んでいた。彼らセリュナの代表者たちは、イクイノクスの強大なオーラに圧倒されつつも、彼との交渉を成功させるために結束することを決意した。
いよいよ、対話が開始される。厳かな空気の中で、イクイノクスがリアーゼの持つ翻訳機とほぼ同じものをテーブルの上に置いた。それを見たエルドリンは、僅かに動揺しそうになるのを抑える。静寂が大室を包み、沈黙をはじめに破ったのはイクイノクスであった。
「こうして対話が実現したこと、私は深く感謝を申し上げたい。私はこの場で、誠実に、真摯に対話を行うことを誓おう」
その声は低く、共鳴するようなトーンで、まるで遠くの雷鳴のように響き渡った。彼の言葉は、確固とした自信に満ちており、それは彼が持つ絶対的な力と信念を強く示していた。
「我々ゾルタックス帝国は、宇宙治安の維持に常に目を光らせ、課題を解決しつづけている。宇宙の治安不安の一因が、資源の欠如であり、私たちの活動や帝国国民の生活にも影響を与えている」
彼が語る度に、その声は空間全体を包み込むように広がり、聞き手を圧倒する力を持っていた。彼は一つ間を置いた後、再び言葉を紡いでいく。
「セリュナは、大変豊富な資源と文化で栄えているとお見受けする。この資源は、我々の治安維持の努力を支え、混乱から平和を取り戻す鍵となるだろう。我々は治安維持のための協力として、セリュナの資源の一部を求める。その代わり、危機の際には進んで帝国の力を使うことを約束しよう」
彼の話し方は、選ばれし者としての誇りと、自らの目的への熱い情熱を感じさせる。彼の前では誰もがその言葉の重みに圧倒されてしまうことだろう。
エルドリンやユリアナなどのセリュナ代表者たちは、ゾルタックス帝国の提案について慎重に考えながら、言葉に耳を傾けていた。表面上は治安のためとされる提案の背後には、やはり星の支配という意図が隠されているのではないかという疑念が、大室の空気に微かに漂っていた。
セリュナ代表の中でも特に賢明とされるエルドリンが前に立ち、イクイノクスに向けて話し始める。
彼の身に纏っていた長いマントは、彼の背中を守るように広がっていた。彼の瞳は、穏やかでありながらも、鋭い光を放っていた。
「イクイノクス殿。我々セリュナは、あなた方ゾルタックス帝国との緊張関係を望んでいません。しかし、我々の文化、自然、そして資源を守ることは我々の使命です」
イクイノクスは微かに笑みを浮かべ、忍耐強くフローラベルの言葉を待つ。
「治安維持のための資源協力を求めるあなたたちの要望を、我々も理解しています。それと同時に、我々の独立と安全も保障されるべきです」
エルドリンの姿勢は落ち着いており、その背筋はまっすぐに伸びていた。彼の胸元には、彼を象徴する紋章が刺繍されており、それが彼の誇りであることを物語っていた。彼の声は柔らかく、しかし力強い。その言葉は確かな信念を持ってイクイノクスに届けられた。
イクイノクスが目を細める。彼の表情からは何を考えているのか読み取ることは難しい。
「したがって、我々セリュナはゾルタックス帝国との間に不可侵条約を結ぶことを提案いたします。この条約により、双方がお互いの領土や資源、文化を尊重し、侵害しないことを誓約するものとします」
セリュナからの提案に対するイクイノクスの反応は一つも見えなかった。彼の瞳は、深く、不可解な黒に埋もれていた。彼の顔には驚きや反感の色も浮かばない。彼はゆっくりと瞬きをしたが、その目は深淵の如く暗い色をしていた。
エルドリンは慎重に、しかし毅然とした態度を崩すことなく発言を続ける。
「あなたたちの策略や意図を疑っているわけではありません。しかし、私たちの星、セリュナの平和と安定を守るため、この条約の締結を真摯に希望しています」
エルドリンは、イクイノクスの威圧的な存在にもかかわらず、彼の目を一度も逸らさず、冷静かつ果敢に彼と対話を果たした。
イクイノクスはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと頷き、その意向を受け入れる様子を見せる。彼の唇がわずかに動き、言葉を紡ぎ出す前の短い間、セリュナの代表者たちは彼の心の中を読み解こうとしたが、その闇を垣間見ることはできなかった。
「セリュナからの提案を、我々ゾルタックス帝国も真摯に受け止めよう。不可侵条約について、さらに詳細を詰めて話し合おうではないか」
その一言を引き出せたことで、セリュナ代表らは幾らか安堵の色を見せた。
セリュナとゾルタックス帝国の間の交渉が続く中、イクイノクスは空気を操るかのように会話の流れを変える。
「リアーゼ・ネブラスという者について、あなた方は情報を持っているか?」
リアーゼの存在を持ち出すことは想定内ではあったが、セリュナ側の代表者たちの顔が一瞬硬くなる。エルドリンは瞬時に返答した。
「彼は今ここでの交渉には関係ない。話の論点を戻してほしい」
イクイノクスは軽く手を上げ、続ける。
「もちろん、彼の過去や彼が何者であったか、それはセリュナには関係がないことを理解している。だが、私たちとしてはあなた方にも知ってもらいたいのだ」
ユリアナが一呼吸置いてから尋ねる。
「何を言いたいのか、はっきりさせてもらいたい」
イクイノクスが一瞬、その薄らと唇の端を上げた。それは深い闇を帯びた微笑みだった。その笑みは不自然に長く続き、空気を重くする。彼の目は笑っていない。それどころか、その目は深い闇の中で光る凶星のように冷徹だった。席にいる者たちの背筋が冷える。
「何を笑っている……」
グラフトンが低く呟いたが、その言葉も彼の不気味な笑みの前には小さく感じられた。
「リアーゼ・ネブラスは、かつてゾルタックス帝国の中で、それはそれは重要な役割を持っていた。彼の才能、技術、情報……。計り知れない価値がある。セリュナが彼を保護すること、……それは私たちの目から見れば、非常に興味深い動きだ」
皆は困惑した表情で視線を交わす。彼はネブラス・コンヴォイの一員ではなかったのか? その疑念が表に出る前に、エルドリンはきっぱりと発言した。
「彼は今、セリュナの客人だ。過去の彼に関わることは、現在の彼とは無関係だ」
「それは確かに正しいだろう」
イクイノクスの細い唇がゆっくりと歪み、その下の白い歯がむき出しとなる。それは明らかに挑発的で、毒々しい色彩を帯びていた。だがその笑みは静かに消え、続く言葉には冷徹さが滲んでいた。
「しかし、彼の持っている情報や技術に対する我々の関心は変わらない。彼の命もだ。その点はご理解頂こう」
セリュナ側の代表者たちの間に緊張が走る。リアーゼの存在と彼の過去が、交渉の中で新たな変数として浮上したまま、不可侵条約締結は進行していった。