覚くん

 居場所がないまま、友人も作れず、命からがら逃げて、そのまま大人になった俺でした。
 
 とあるカルト宗教の家に生まれたのが運の尽きだった。周囲から浮いて、貧困に喘ぎ、あらゆる困窮が俺の少年時代を占めた。
 お金があれば、かりそめの居場所や友人が作れただろうけど、力無い子供にそんなものはある訳がなく。親ガチャなんて言い方で生育環境を揶揄して良いのは、その親ガチャに外れた当人だけが言っていい。親ガチャに当たったやつは黙って真っ直ぐ生きてくれ。こちらを見ることなく、迫害も、差別もすることなく、無関心でいてくれたらよかったのに。
 貧乏家族で家系や土地の因縁があったとしても、俺自身に魅力があれば居場所が用意されることもあったかもしれないし、友人に囲まれる人生だったかもしれない。けれど人間の行動は極めて下劣だ。きっと家柄に問題がなくて人間性が素晴らしく、とても魅力あふれる人であったとしても、異端として差別の対象にすることは予想できる……というか、そういう風に考えてしまうくらいに捻れた人格形成を経て生まれたのが俺。憎悪で象ったみたいな精神と思考で口と頭が回して、周辺の人間を傷つけてきた。
 これではダメだと思い直したのが、中学校の同窓会がきっかけだった。
「おれは何にも持ってないからさ。頑張らないとならないんだよね」
 そう言って困ったように笑っていた同級生を思い出す。背が高くてイケメンだったくせに、どこか影のある不思議なやつだった。この前会ったというのに名前がちゃんと思い出せない。あんまり深い付き合いではなかったけど、俺と違って生きようとする前向きさがあった奴……。俺もこういう気持ちを持って、人生を生きなければならないということに気付かせてもらった。

 だからといって、人間すぐに変わるわけがなく。
 何とかカルトから遠ざかり、持ちすぎず、持たなすぎず、へらへらと表情を崩して世渡りする……。そういったやり方を覚えたのは成人してからだった。そうすれば、劣悪な環境にいた頃よりも、息がしやすい場所が得られたのだ。
 信者の監視が届かないところを探すのには骨が折れたが、一人で何とか暮らしている。何もない日々だ。差別と迫害と無視が日常茶飯事だった地獄の日々から比べれば平穏である。
 けれど、最近は物足りなさを感じてしまう。格安スマホで日雇い仕事の連絡を受けて、働いて、食べて、次の仕事に向けて眠る。スマホの容量はすかすかで、連絡先なんて数えるほどで、写真や動画などの記録もない。記録するだけの人生を送っていない……。
 安寧と幸福は別だと知ってしまった。
 そう思ってしまうと、膨大な暇をどう潰せばいいのかが分からなくなる。インターネットを漂えば時間を浪費することはできても楽しむことが出来ない。低質な広告、溜まりもしないポイント活動に誘導する動線、……。疲弊してスマホを放り投げて眠りに落ちることはしょっちゅうだった。何かをしなければならないのに、何をしたらよいかが分からない。口も頭も他人より回ると思っていたくせに、こう言うところでは何も役に立たない。
「生きるのに向いてない……」
 ぽつりと零した言葉は安アパートの空虚に広がって一つの答えを導いてくれた。そうだ、元々生きるのに向いてない性質の人間がいてもおかしくないのだ。人類は地球上で色んなパターンを持つ人間を用意しておくことで、例外的事項に耐えられる少数をあらかじめ作っておくことで絶滅を免れてきたはずだ。

 捨て鉢になることはしない。ちゃんと生きなければならない。でもそれは、懸命に死へと向かうため、と言う動機でも良いはずだ。
 世は多様性社会の時代なのだから。

 ◆

 『懸命に死に向かう』と言うスローガンのようなものを抱えた俺は、どうやって死にたいかを考え始めた。
 病死したくない。衰弱死したくない。大怪我で死にたくない。辛気臭く死にたくない。元気なうちに死にたい。明るく死にたい。できれば葬式も礼儀作法や段取りに縛られたくない。土地も血筋も関係なく、自分の宗教の中で死にたい。
 つまり。
 友人なんかを集めて、パーッと宴会をして、「じゃ、俺はこれから死にます! 今までありがとう!」と言って、宴会場から退出して、別室でパタッと眠るように死ぬ。
 これだ! と思った。生前葬に近いかもしれない。大きく違うのは、宴会場の扉から出て行ったら主催者が死ぬ、ということだ。その部分だけきちんとした段取りが必要かもしれないけれど、限りなく『懸命に死に向かう』と言う感じがした。
 そのためには、結局明るく送り出してくれる友人が必要だった。しかも、理解が得られにくい形式の葬式に喜んで参加してくれるイカれた連中だ。真っ当な人間ぶってるやつは不謹慎だと批判的な意見をぶつけるだろう。

 そこで俺は考えた。死の世界に関心がある人間はオカルトや心霊奇談を好むものではないか、と。倫理観が壊れている奴、筋道は通っているけど何でそうなった? という思考回路をしていそうな人間をSNS上で片っぱしからフォローしてみた。
 しかし、それでは友人になるかというとそうでもなく。何となく会話する顔見知りがいる職場と温度感が変わらないと気づいた。かと言って友達の作り方など知るわけもなく。

何かないかと藁にすがる思いで探しまくり、行き着いたのが覚(さとる)くんの都市伝説だった。

 覚くんは電話で呼び出すことができ、さとるくんに質問すればどんなことでも答えてくれると言うものだ。目的があるとはいえ自分からオカルト界隈に頭を突っ込んだわけで。実際答えてもらえなかったとしても、覚くんを呼び出す実践があれば会話作りにもなると思ったのだ。
 
 やり方はこうだ。
 公衆電話に十円玉を入れて自分の携帯電話にかける。つながったら公衆電話の受話器から携帯電話に向けて「覚くん、覚くん、おいでください」と唱える。それから二十四時間以内に覚くんから携帯電話に電話がかかってくる。電話に出ると、覚くんから今いる位置を知らせてくれる。そんな電話が何度か続き、さとるくんがだんだん自分に近づき最後には自分の後ろに来る。このときに覚くんはどんな質問にも答えてくれる。ただし、後ろを振り返ったりすると、覚くんにどこかに連れ去られる。
 他にも既に答えがわかっている質問をしてしまうと、覚くんが怒ってしまうという。怒ると、多くの場合殺されてしまうという。
 殺されるのは……今は嫌だな、と思いつつも準備を整えた。自宅でスマホを前にして待つ。
 やがて、着信があった。非通知ではなく通知不可という文字。ぞわっと鳥肌がたった。
「もしもし」
「どうも、覚くんです。位置情報伝えるの面倒だからさっさと来ちゃった」
 返答なんて無いと思っていたのに、電話口と真後ろから声が聞こえて汗が噴き出る。
「…………!? え、ちょ。ほ、本当に……!?」
「あー、後ろは向かないでね」
 咄嗟のことで反射的に振り返りそうになってしまったのを、それより早く頭を強く掴まれて阻止された。
 覚くんだ、本物だ。そうでなければ説明がつかない。鍵をかけた室内に入り込むのも、頭を掴む手が、大きさの割に強い力なのも!
 簡単に咳払いをして、前もって考えていた質問を口にした。
「どうしたら友人ができますか? できればハイパーイカれてる奴」
「何その質問。陳腐かと思ったら面白そうじゃん」
 久しぶりだから張り切っちゃおっかな、とも聞こえた。思っていたよりも会話が出来そうで、少し拍子抜けした。
「君さ、命知らずでしょ。色々なところに行ってるみたいだし」
 そう言われてピンと来たのは、あれこれと手を出してしていたことの一つ、自殺名所巡り。どうやって死ぬか、と言うのと同時にどこで死ぬのが良いかを下見していたのだ。
「命知らずなら、そういうところに行って黙々と配信してみたら良いよ。喋らなくて良いから。あとは……僕らみたいな存在を使ったらいい。物好きがきっと友達になってくれるよ」
 じゃあね。クスクスと笑う子供の声がスッと遠ざかり、気配も無くなった。あるのは安アパートの、しょぼくれた照明だけだった。
「マジか……」
 俺はしばらく、スマホ画面を見つめていた。
 
 ◆

 俺は言われたとおり、配信と動画のアップを始めた。不定期だけれど、週二回はやっている。動画自体は全く喋らずに撮るだけ。そのかわり、キャプションにはぎっしりと情報を詰めた。元より下見の時に記録はしてあって、動画を撮りに行った時に気付いたことを追加でメモして、丁寧に書き出していくことにした。
 コアで熱心なオカルト好きの層と、自殺願望者が主な視聴者だった。ライブ配信で怪談を話したり、自分の生い立ちに関わるカルト宗教の怖さを話したり……。割とあったまってきたタイミングで、覚くんの話をしようと決めていた。
「このシリーズ、実は覚くんにお勧めされたんです。知ってますか? 覚くんっていう都市伝説」
 チャット欄に流れつくコメントは程よく賑やかで、時々独り言のみたいだった。それが居心地いい。
「今日もね、覚くんを呼び出す儀式をした後で……」
 話している間に、着信音が鳴る。俺に電話を掛けてくるのはほとんど誰も居ない。来た、と呟いて手に取る。
「見えますか……、この着信」
 非通知ではなく、通知不可という着信画面。電話番号もなく、アプリでの通話でもなく、見慣れぬ画面なので初見だとそれだけで寒気がしてくると思う。俺がそうだった。
「せっかくなので、リスナーの人と一緒に参加できるようにしてみたいと思います」
 軽く咳払いをして電話に出た。
「……もしもし」
「こんばんは、覚くんだよ。さっきコンビニの角を曲がったところ」
 今回は、噂通りの手順で位置情報を伝えてきてくれた。すぐに電話が切れて、通話終了のツー、ツー、という音がスピーカーに響く。『メリーさんぽい』『いやヤラセが過ぎる』……コメントを眺めながら、ビールを一口啜る。
 再び着信音が鳴る。先程同じ通知不可と表示された画面を無言でリスナーに見せる。
「こんばんは、覚くんだよ。今アパートの前にいるよ」
 少年の声に心臓が早鐘を打つ。ドクドクという音をマイクが拾ってやしないかと不安になる。どんどんとコメントが加速していくのをじっと眺めていた。
 着信音が響く。これがきっと、到着の知らせになるだろう。後ろを振り返り、また俺の背後に今は誰もいないことをリスナーにも分かるよう、確認してから電話に出た。
「もしもし」
「こんばんは、覚くんだよ。今、真後ろにいるよ」
 電話口と真後ろから聞こえる声に、冷や汗が出てくる。この前の、会話が出来そうな覚くんでなかったらどうしよう。
「こんばんは、覚くん。どうしたら、リスナーに直接触れますか」
「やめておいた方がいいと思うよ、僕としては。オタクって厄介なんだから」
 覚くんの返答に、俺は露骨にホッとしてしまった。覚くんは前と同じ調子で話してくれた。
「そこを何とか」
「ええ……気持ち悪くないの。見知らぬ人間に触るって」
「自分、童貞なもので人肌であれば何でも」
「キモ。聞くんじゃなかった」
 『辛辣すぎて草』『思ってたのと違う』『覚くんきゃわ』『強気ショタ助かる』『みんな何言ってるの?』『ノイズやばい』『耳鳴りする』……覚くんはリスナーごとに見えてたり見えてなかったりするようだ。
「握手でいい?」
「えっと、……うん」
「どの人?」
「あ……、と。じゃあこの《マヨイガ》って方に」
 コメントの中で何人か立候補してくれていた人を指名する。覚くんから心底嫌そうな空気が醸し出されていて、何かヤバいことをしてしまっただろうかと汗をかいた。
「……ふぅん。貸して」
 後ろにいる覚くんが、俺の左手に手を重ねる。すると、自分の手の下に別の手の感触が現れた。
「ッ! うわっ……!?」
 指輪しているのか金属っぽいものがごつごつと当たる。手だけのコミュニケーションとなったが、互いに戸惑いが現れていた。だんだんと慣れて来て、最後にはしっかりとした握手をして、やがて感覚は消えていった。
「すっ、……ごい。覚くんマジすごい。俺、多分《マヨイガ》さんと握手しちゃった。指輪すげー付けてる男の人だ」
 程なくして《マヨイガ》さんからも「あってます! 指輪してます」「めっちゃ不思議な感覚でした! 絆創膏貼ってる?」とコメントが送られてきた。
「あっ、……うん。この前、仕事でね、引っかけちゃって」
 左手をカメラに映るように顔の側に掲げた。人差し指の根本に貼った絆創膏が見えるように、手のひらと甲を交互に見せる。
 コメントが一気に盛り上がる。信じられないくらいの速さで流れていって、同時視聴者は五百人を超えていた。
 覚くんが得意げに、フフンといった感じの息を吐いた。
「この人はね、僕のだから。あんまり煽って危ないことさせないでよ?」
 子供の細い腕が後ろから回されて、左胸を撫でる。抱きつかれて密着したところが冷たくて、緩やかに締められた。
 コメントを見ると、『顔めちゃ怖』『美少年』『いやグロ』『何も見えない』『みんな何言ってんの?』『ノイズがマジでやばい』『早く逃げて』『もうだめだ』『確実に呪われる』……
 覚くんの姿は一定していないようだった。人の認識によって、違う姿を見せているのかもしれない。区切りとしてはここがいいかもか、と思い締めの口上を述べた。
「今日の配信はここまで。あいらびゅーイカれた友人。俺の生前葬には来てくれよな」
 抱きつかれたままお決まりの文句を言って、配信ボタンを切った。
「覚くん、答えてくれてありがとう」
「じゃあね」
 電話を切ると、抱きついた覚くんも消えた。

 俺は思った。
 覚くんは、奇妙な配信パートナーになるのではないか?

 ◆

 『懸命に死に向かう』と思ってから、数ヶ月経った。心霊配信者としてバズり倒して、登録者数は鰻登りだ。
 登録者数が五万人を超えたので、今回はその祝いとして生配信をしていた。ピザやコーラを用意して、まるでパーティーみたいな雰囲気でリスナーとのコミュニケーションを楽しんでいた。生前葬もこんな風にやれたらな、と思う。
 何やかんやと楽しみつつ、俺は今、懸命に覚くんを口説いている。
「どうしたら覚くんと一緒に住めますか」
「それってさぁ、……何? ふざけてる?」
 顔は見えないが、心底嫌がっているのは肌で感じる。俺は至って大真面目だ。一緒に住んでもらえれば企画ももっと練られるし、行ってはならない心霊スポットだとかについて来てもらえたら百人力。何度もそう伝えているが、覚くんは首を縦に振ってくれない。
「いい加減諦めてよ。君の生前葬? とやらには付き合ってあげるからさ。そろそろ怒るよ?」
 来てくれるんだ! とテンションを上げると冷ややかに「キモ」と言われてしまった。別の話題で会話する方向にシフトする。
「覚くんを怒らせると異世界に連れてかれるんだっけ……?」
「君が思うような異世界じゃないからね。やめてよね、転生モノと一緒に考えるなんて」
「あ、転生モノ知ってるんだ」
「僕を誰だと思ってるの? 何でも知ってる覚くんだよ?」
 少し自慢気に言う覚くんに対し『覚くんのドヤ顔推せる」『ラノベ読んでる覚くんかわいい』『ショタに邪険にされたい』『みんな何言ってるの?』『わからん人は帰って』『うちにも来てくれるかな』……相変わらずの人気ぶりだ。俺だけではなく覚くんのチャンネルと言っても過言ではないかもしれない。
「で、質問ないの? 無いなら殺す決まりなんだけど」
「え、だから一緒に住む……」
「ふぅん。人間の割には長い付き合いだから見逃してやったのに、それにするんだ? エンタメ提供してるんだったらもうちょっと工夫しなよ」
「……チャットから拾うからちょっと待ってて」
 すごすごと引き下がり、リスナーに呼びかける。覚くんに聞きたい質問を募集すると、怒涛の勢いでコメントが流れていく。その中のいくつかを、なんとか拾って読もうとした。
「えーっと何、……下ネタ多いな。『童貞捨てるならどの店がいいですか』頼むからさぁ、調べて分かる事は却下だから。それに覚くんは子供よ? 困らせないであげて……」
 他にも質問はあるものの、答えが分かるようなものばかりで目ぼしいものがない。
「まともなの来ないな……次のヤバい地震はいつですか、とかでもいいじゃんよ。みんな未来予知好きでしょ? 『どうしたら主は非処女卒業できますか』『主はメスイキできますか』……なんで俺が抱かれる前提なの。俺はシスでヘテロですからね」
 はぁ、と俺はため息をついたが、覚くんは違ったみたいだ。
「あ、それ良いじゃん。教えてあげるよ」
「はっ?」
 思いもよらない展開に、振り返りそうになるのを堪えた。今、なんと仰いました? とふざけた声音で聞き直したが、覚くんは挑発するように肩を組んで来た。
「常々ムカついてたんだよね。怪異は下ネタに弱いとか、不浄なモノで除霊できるだとかさ。だいたい、何? 僕、何年怪異やってると思ってるの?」
 俺は覚くんの方を見られないので、画面に釘付けになったまま固まるしかない。ただならぬ雰囲気で妙な空気になっていく……。
「あの、覚くん……?」
「はい、垢BANされないように見えないようにしようね。音声だけにして」
「え、ちょ、待って待って待って!」
 急な展開についていけない。頭をまた掴まれて阻止される。
「だから後ろ向いちゃダメだって」
 またバズっちゃうんじゃない? 耳元で囁かれて首や背中にぶわっと痺れるような感覚が広がる。反射的に首をすくめると、その間にジャージをずるんと脱がされた。
「ッ、嘘、やだやだやだ! 洒落になってないって!」
 情けない声になったと思うけど、体勢が恥ずかしすぎた。覚くんは俺のことはまるっと無視して、リスナーとコミュニケーションを取り始めていた。
「あ、そっかぁ。僕が実況しなきゃいけないよね。見えないんだし。今ね、お兄さんをひん剥いてるところだよ。後ろを向くのもアウトだし、僕の姿を見るのもダメなので、お兄さんには目隠しをした上で首を固定させてもらいまーす」
 ひどい言葉責めにあう。いや、実況であることは分かるが、何もこんな事しなくても!
 呻めきながら抵抗したが、信じられない力と速度で身包み剥がされていった。
「はい、お兄さんをひん剥いて、いつも後ろ側に見えてるベッドに沈めました! 童貞処女だそうなので、頑張って優しくしようと思いま〜す」
 悪夢みたいなことを言い出した。八つ裂きにするとか言われた方がまだマシな気がする。これから、とにかく未知のことが起きる、ということはどんなことも恐怖になると知った。
「人に触られる経験もあんまりしてこなかったってことだよね。くすぐりめっちゃ弱そう」
「ひゃあ!」
 脇腹にもぞもぞする物が現れて飛び上がりそうになる。覚くんの細い指がくすぐっていて、俺はじたばたと身体をよじった。
「裸でさぁ、四つん這いの状態で靴下履いたままって好きな人、一定数いるよね。今のお兄さんはそういう感じです」
 恥ずかしい体勢と服装までしっかり言っているし、羞恥で死にそうになる。視界は暗闇しかなくて一体何がどうなっているのかが分からない。
「最近、実はお兄さんスキンケア頑張っててね。動画映りで視聴者をなるべく不快にさせない工夫とかちゃんとしてるんだよ。えらいよね。保湿用のオイルも揃えたんだって。なので、今回はそれを使おうと思います」
 この絶望感たるや。覚くんが後ろから抱きついて、モノをゆっくりとさすり始めた。
「ね、後ろからこうやって抱きつかれてさ。こんな風にしごかれると、気持ち良いって知らなかったでしょ」
 見えないせいで、感覚が余計に敏感になっている気がする。自分でするのとは違いすぎて、訳のわからない快楽が恐ろしかった。
「やだ、やだぁ! 出ちゃう、出ちゃうってば!」
 呆気ないほどあっさりとイッてしまう感覚が合った。リスナーがいるのにお構いなしに叫んで、漏らすように射精した。
「あっ、あぁっ、んァッ! やぁ、――ッ!」
「うわっ、お兄さん早すぎ」
 イッているのに何度も扱かれて、身体が打ち上げられた魚みたいに跳ねる。覚くんの細い指が気持ちよくなるところにしっかり当たって、自分の甲高くて気持ち悪い声が止まらない。
「えーっと? ぼちぼちコメント読んでみよっか。『勃った』『エロすぎ』『もう抜いた』 どーもありがと! 『お兄さんのちんちんの大きさは?』  ちっちゃくはないかな、色は新品未使用って感じ。『何でそんなこと知ってるの?』 僕が覚くんだからでーす♡」
 もう抵抗しても無駄な気がしてきた。さっさと終わらせるなら、覚くんの回答にたどり着く最短をいったほうがいいんじゃないか。そんな思いが脳裏を掠める。
「しっかり解してあげたいので、前で気持ち良くしたら次は後ろを少しずつやっていきまーす」
 前言撤回! 後ろって何!
 知識としては知っていても自分に降りかかってくるとなれば話は別で、殺されてもいいから後ろを振り返ろうとした。けれど覚くんは器用にそれを阻むので、結局俺の無駄な抵抗を実況されるだけに終わった。
 オイルをかけられて、覚くんの指がゆっくり入ってくる。中でかき混ぜられて変な感じだった。痛くはないけれど、経験したことのない感覚だった。
「う、うう……!」
「こう、ピンポイントで押せるものがあるといいんだけどな」
 家の中を探っている言い回しだった。何でも答えてくれる覚くんなら、どこに何があるかなんてすぐ分かってしまうのだろう。そんなものはないはず、と祈るような気持ちで耐えた。
 あっ、これいいじゃん! と無邪気な声をあげる覚くんに嫌な汗をかく。
「お兄さんね、ハチミツを大瓶で持ってるんだよね。美容にもいいし保湿に使う化粧品よりコスパいいからって。夏に梅干し漬けられる大きい瓶売ってると思うけど、……そうそうそのサイズ」
 覚くんはチャットのコメントとも会話し始めているみたいだった。俺の中を解す作業は止めることなく、覚くんは実況を続ける。
「そこからね、ジャムの瓶に移し替えるときに、ハニーディッパー使うんだよ。スプーンじゃなくて。几帳面だよねー!」
 覚くんが考えていることを予想してしまう。そんなことする? と疑わしいことでも、覚くんならやりかねない……。
「はい、じゃあこの棒をお兄さんに入れちゃいます」
 最悪の予想が当たってしまった。それはそういう物じゃないのに!
「や、やだやだ! 何でそういうことするの!? それ! 食べ物に使う物!」
「新しいの買えばいいじゃん。稼いでるんでしょ?」
「そういう問題じゃないってばぁ!」
 普段使っているものなので、どれくらいのものなのか想像できてしまう。懲りずにジタバタとするが、シーツを掻くだけで何にもならなかった。
「あっ、ああ! は、あん、あっ、やだ、やだぁ……!」
 抵抗も虚しく、ハニーディッパーをあてがわれる。先端の大きさを想像してしまう。自分の指の……二本分くらいはあるはずだ。
「お兄さんのいいところに当たるように、調整しようね」
 無情すぎる。成人したのにマジに泣く。
「ん、あ……くっ、う、あ!」
 ズッ、ズッと押し入ってくるものは、覚くん指よりも圧迫感があって、少しでも楽にしようと息を吐く。上手だね、なんて子供の声で言われて泣かない奴がいるのか。覚くんはまたリスナーと会話しながら、俺の様子を実況していた。
「お兄さんね、結構ひどくされるのが好きみたい。こう、一気に入れるとね」
「あ、ああぁ!」
「ほら、気持ちよさそうでしょ?」
 コメントはどうなってるんだろう。垢BANされてもおかしくないのに、結構な時間が経ってる……。
「あ、お兄さん余計なこと考えてるでしょ」
「あ……! あ、ひや……あ、んんっ……!」
 ゆっくり入れて、一気に引き抜く。それを繰り返されて、俺は喘ぐだけになってしまった。
「ふ、ふぅぅ、ぁ、ああ……!」
 抵抗したい気持ちとは正反対に、ディッパーの先端が身体に馴染んでくるような感じがした。覚くんの手が離れたのに、ぐっ、ぐっ、とディッパーが中を押してくる。
「あははっ! お兄さん、それ、中締めちゃうと気持ち良すぎてすぐイッちゃうやつだよ?」
 ぎゅうっと中に入っていくだけじゃなくて、圧迫されて前に響く。慌てて戻そうとして緩めて、でも勝手に締まって……それを繰り返すうち、俺の意思とは勝手に中が蠢き始めた。ディッパーをしゃぶるみたいに疼いている。
「あっ、あ、あぁ、あああ! はぁっ……く……うぅ……ッ!」
 勝手に盛り上がって、勝手にイッてしまった。人生の中で、こんな多量に射精したことなんてあったかと思うくらい、思いっきり……!
 覚くんは何もしてないのに。さっきまで覚くんの横暴によるものだといえたのに、これじゃ、まるで……。 
「はっ……は……っ……!」
「あーあ。お兄さん後ろだけでいけちゃったね?」
 変態♡ と囁かれ、とんでもない恥ずかしさで死にそうになっているのに、中はまだ物足りなさそうにひくついていた。覚くんにそれがバレたくなくて、俺はせめてもの抵抗を含めて首を左右に緩く振る。
「いやいやしてもダーメ。もっとすごいので塞いであげるからね」
 突っ込まれていたものを引き抜かれて弾みで甲高い声が出たが、覚くんはそんな事お構いなしという感じで、次のものを尻に当てた。
 熱くて、脈打っていて、嵩がありそうで……思いつくものなんて一つしかなかった。
「さ、さとるくん、やだ、怖い、やだ……!」
「大丈夫、優しくするから!」
 そうじゃない、そういう問題じゃない。声に出したかったけど、何度も激しく射精したせいで意味のある言葉にならず呻くだけになった。
「ふふっ。お兄さんかーわいい。今ね、お兄さん僕のおちんちんを怖いって言ったんだよ。入れたらすごく気にいると思うんだ。先っぽから入れようね」
「は、ふっ……う……あぁ……っ!」
 オイルを隈なく塗り込まれているせいか、案外あっさりと入ってくる。ディッパーなんかよりもずっと存在感があって、いっそ凶悪に思えるブツがお構いなしに押し入ってきた。
「う、あ、ああぁ、大きい! おっきいってぇ……!」
「そんな風に言われたら、入れてる側は頑張っちゃうよ?」
 後ろから抱きつく感じ、覚くんは男の子って感じの小柄な雰囲気なのに、入ってくるブツが全然少年のモノではない。明らかに子供の腕くらいありそうな気がした。
「ッ、あ……! やら、抜いて、抜いてよぉ……」
「あはっ、これからだよ。まだ半分も入ってないんだから頑張って」
 段々とリズムの幅が大きくなって揺さぶられていく。どつ、どつっと突かれるたびに潰れたカエルみたいな声が漏れた。
「ほらっ、ほらっ、気持ちいいって声に出してみて」
「う、うぅーッ、ん、んん! んぁ、あっ、やら、あぁ、あ」
 何度も首を振って、その度突き上げられて、中にある臓器を全部押しつぶされそうな恐怖と、身体が勝手に拾う快楽に頭が焼き切れそうになる。
「お兄さん、ほら。言って? お願い」
「き、もちいいっ……」
「そう、気持ちいい。気持ちいいよね」
「うん、う、ぁ、ああっ、きもちいっ、イイッ!」
 何回も覚くんに言わされているうち、だらしない声がひっきりなしに溢れていく。涎も鼻水も涙も出ていて、絶対に見せられない顔をしてるのが分かる。後ろを振り向けないということは覚くんにも顔を見られることがないわけで。段々、特定されるような物が映らないならもう何でもいいかも……と思い始めていた。
「すっごいね、お兄さん初めてなのに。とろっとろになってて、すごい……!」
 いいと思うところを全部押されて、断続的に射精してしまう。意思に関係なく、押されすぎて漏れているという感じが近かった。
「ひあ! あ、あ……! あ、あぁ……や、だ……やだ、やめ……あぅ! は、はぁっ……!」
「お兄さん、それね。ところてんって言うらしいよ。お尻だけでいけちゃうなんて、もうほとんど女の子じゃん」
 からかわれているのに。尊厳とか、プライドとか、そんなものも消し飛んでいるのに。
目の前の快楽が、何もかもを塗りつぶしていく。
「さと、るくんっ……! も、むり、ぃ……! あ、あぁ、あ、あああ……!」
「あれ、もうイキそう? 良いよ、好きなだけイこ?」
 激しい抽送に下品な声がいっぱい出た。今までも自慰よりずっとすごいイキ方をしていたのに、それを更に上回る波が迫ってきていた。
「大きいの、くる、くるぅ! ン、あ、あぁ――ッ!」
 目隠しした視界に星が散る。天井に上り詰めたまま降りてこられない。覚くんの抽送はずっと続いていて、イッたまま戻ってこれないし、射精もしてなかった。
「あ、なんれ、……! 出て、ないのに、……! あ、っあああぁ――!」
「上手だね、お兄さん。それがメスイキだよ」
 そう囁かれて、俺は意識を失った。覚くんはまだ何か続けて、俺の身体に何かしていたけれど、意識と身体はすっかり切り離されて、身体は快楽を追い求め続けた。
 お兄さんって才能あるね。最後に聞いたような気がするのはそんなセリフだった。

 ◆
 
「ひっどい目に合いました……」
 開口一番、真っ先に出てきた言葉はそんなんだった。緊急謝罪会見、といいつつ、リスナーの一問一答みたいなライブ配信になった。
「ええ? 『子供になんてことやらせるんだ』『児ポで捕まれ』 怪異って児ポの対象なのかな……虹エロですらとっ捕まるからありえるか? 『覚くんに躾けられたい』 ご自身で覚くんを召喚してください……」
 謝罪は冒頭にしたけれど、なんの謝罪だろうと思いながら頭を下げた。自分のスケベな声を垂れ流したこと? 炎上したこと? 数多くの視聴者の性癖を歪めたこと?
「ありがたいことに? あの生配信、色んな人が録音や録画を試みたらしいんだけど、どれもこれも上手く録れなかったらしくて。俺にデジタルタトゥーが刻まれなくて本当に良かったです……。え? 『気持ちよかったんでしょ?』 良かったよチクショウ! 覚くんを別の意味で好きになったわ、ツラい!」
 フォロワーがガッツリ増えたが、ゲイの方々が大半を占めていた。自身はシスでヘテロだと何度も言ったが、「逆にそれがいい」らしい。意味がわからん。
「垢BANもされてないし、引き続き動画アップと生配信はしていこうと思いますが、覚くんの召喚はちょっと期間開けてからね……」
 スケベを期待している人は、俺の他の動画を見てからにしてくれ。ていうか期待しないでくれ。そう説明すると冒頭のような『でも気持ちよかったんでしょ?』というコメントが来てループする流れを二回くらい繰り返した。
「こんな俺でも生前葬、来てくれる人ー?」
 そう尋ねると、チャットが爆速で流れていく。リアルに死ぬ時、今回のことも散々いじってもらえればそれでいいかと思い始めてくるから、俺も大概なイカれ野郎なのかもしれない。
「イカれた友人をたくさん持てて、俺の願いは叶いそうでーす」
 やっぱり覚くんを呼ぼう。楽しい、楽しい、生前葬になるように。