金魚伝説 前編

 夏祭りに、花火大会。数年ぶりに開催される大きなイベントということもあり、今までであれば言い出さない提案をしてきた。
「今年は! 着物を着て回りたいと思います!」
 浴衣ではなくて? と聞き直すと、それだ! とすぐさま訂正するものだから、可笑しくて吹き出した。同棲して三年ほど経つが、ころころと変わる表情が愛くるしくて何度も好きになってしまう。ふわふわの猫の毛みたいな髪を撫でるとねだるようにもたれかかってきた。お気に入りのソファーで、二人して沈む。
「暑くて死にそうになりそうだけどさ、逆に……死にに行きたくなるというか」
「行くと後悔しそうだけど、振り返ったら思い出になりそう、とかそういう感じ?」
 それ! と先ほどと同じように繰り返すので、胸の中が愛しさでいっぱいになる。周囲には甘やかしすぎだとか、溺愛しているだとか、苦言混じりに言われるが知ったことではない。言える時に言って、愛せる時に愛するのが俺のポリシーだった。

 穏やかな日常の、ちょっとしたハレの日。
 夏祭りへ行くのはものすごく久しぶりだ。近年のイベントが疫病で自粛となったのもあるが、それ以前に人混みを避けてきたのもある。
 浴衣レンタルができるところを探し、互いに着るものを選び、最近ハマっているフィルムカメラで撮りあって、手を繋いで歩く。人混みの良いところを上げるとしたら、こういう風にこっそりと紛れ込むことができることかもしれない。
 屋台を堪能し、神輿と行列をなす踊り手たちを眺めていたが、隣にいる恋人ばかり見つめていた。同性だとか、少し歳が離れているだとか、そういうことは全く問題にはならない。むしろ、この人をずっと待っていた。この人だから、俺は愛しているのだ。
  
「お、金魚」
 花火を見るため、少し高くなっている地区へ移動している途中、いくつか屋台が出ていた。その中に、金魚掬いがあった。今ではスーパーボールやおもちゃにすげ変わっていったので、久しぶりに見かけたような気がする。
「ちょっとやってくる!」
「えっ、やるのか?」
 言うより早く、店主に金を渡して、即座にポイをダメにした。あまりにも下手なので笑いそうになるのを堪えたが、当の本人はあまり気にしていないようだった。吊る下げられた水袋の中には、おまけとして渡された金魚が泳いでいた。
「それ、飼うのか?」
「え、うん。この種類は結構頑丈だから飼いやすいって、店主のおじさんが」
 ここにきて、金魚を飼うことになるとは思ってもおらず、微妙な気分になってしまったのを隠しきれなかった。それを察知したらしく、
「なんで? 苦手?」
 と尋ねてきた。
「いや、なんていうか……。失敗したことがあるからさ」
「ふーん」
 準備無しに飼えるかというと、そうでもない。飼い方には基本があるし、病気にも気をつけなければならない……。
「大丈夫だよ、でっかい水槽に入れておけばさ、でっかくなって長生きするって」
 そう言って笑う君が、あまりにもそっくりだったから、俺は泣きそうになるのを堪えて、力一杯抱きしめた。

 花火が弾ける音のせいにして、君の文句は聞かないふりをした。

 ◆

 俺は……、否。
 私は数百年を生きる人間まがいにございます。紆余曲折あり、死なぬ身体になって、多くの地獄をこの目で見て参りました。人が引き起こす愚かな戦争も、天変地異に見舞われ荒れ果てた土地も、流行病でなす術なく全滅した村や町も。己の無力さに涙し、自身に課せられた罰であると受け入れ、では少しでも償いをと思い、各地で祈りと願いを捧げてまわりました。
 復興が必要なら己にできることを、癒しが必要なら己が持つ言葉を、人手を求められたら如何様な仕事にも手を貸して来ました。

 私がこの様に長命となったのは、……己の軽率な考えと過ぎた行いが引き起こしたものに因るものです。
 いつか貴方には言わねばならぬと思っていました。

 貴方は忘れていることでしょう。知りもしないことでしょう。私は明治の頃、金魚屋をしていました。十になる頃に遠縁の家に預けられ、その家の手伝いを始めたのがきっかけではございましたが、これは私の天職でした。預けられてすぐ、近所に住む同年代の悪餓鬼が、やれ魚臭い、どぶさらい、と揶揄いに来ていましたが何も耳に入りませんでした。金魚の美しい尾鰭のゆらめき、美しい柄、光り輝く姿にすっかり虜となったからです。
 手伝いもすっかり板について、店を継ぐ話が出たのは十五の頃。飛び上がって喜びました。金魚には多くの可能性があると思っていたし、自分でやってみたいと思うことはいくらでもありました。
 二十半ばの頃になると、私の手がける金魚が随分と評判となり、遠くから買い付けに来る人も増えました。たまたま近隣に、インテリな職業人が多く住まうこともあってか、菊畑と金魚を愛する人々で賑わいました。様々な人々と交流するに連れ、私の店と評判は大きくなっていきました。
 私はより美しい金魚を求め、品種改良として交配や変異の研究も行っていました。その中の一つで良い出来になった蘭鋳が、とある品評会で金持ちの目に留まりました。
 それがきっかけで、金持ちの旦那様にこのような話を持ちかけられました。
「うちに立派で希少な金魚がいる。尾鰭は土佐金の如く扇状に広がって、体は琉金のように厚みがあり、それでいて表情は愛くるしく、夏の光に透けて儚げに見える新種だ。どうだ、君も金魚屋なら気になるだろう」
 想像するだけで、圧倒される思いをしました。金魚の美しさを一匹に集めてまとめ上げたというのなら、気にならない者はいません。私は二つ返事で承諾し、日取りを決めて帰宅しました。この時の浮かれようといったら、呆れてしまうくらいだったと思います。
 今の私であれば、引っ叩いてでも止めたでしょう。
 なぜならそれは、禁忌に触れるきっかけだったのですから。

 連れてこられたのは、私の店が三つも四つも入りそうな豪邸でした。一張羅の訪問着にカンカン帽という出立ちでしたが、それでも安っぽい人間であると思えてしまいます。珍しい金魚見たさに、不相応な場所に来てしまったと後悔しましたが、それよりも興味と好奇心が打ち克ってしまったのは金魚屋の性というものです。
 旦那様に挨拶をと通された部屋には、硝子で作られた丸鉢が置かれていました。底には青白い石が敷き詰められて、水草があり、水も入っていますが肝心の金魚がいません。おや? と見回すと、他にも陶器製の金魚鉢が有りました。浮き球もあり、華やかに作り込まれているにもかかわらず、やはり金魚がいません。他にも吹き硝子で作られたものや、提灯のように吊るすような形をしたものなどもありましたが、全て空でした。
「お待たせしました」
 うろうろとしていると、後ろから旦那様から声をかけられました。他所の家のあれこれをじろじろと見ているのはあまりにも失礼に思えて、平身低頭にして詫びました。
「不躾に、どうも申し訳ありません」
「いえいえ、お待たせしたのはこちらですから。それに、あなたのような金魚屋であれば鉢のそれぞれも気になりましょう。気になるものはございましたか」
 顔を上げると、穏やかそうな様子でそう尋ねられたので、怒りに触れることはなかったようです。安堵しつつも、正直に言って奇妙に思ってしまいました。
「どれも素晴らしく、美しくしてあると感じました。ですが……」
「肝心の金魚が見当たらない、と」
 私は無言で頷きました。金魚も然りですが、入れ物にも拘るのが愛好家というものです。この部屋にあるものだけで、旦那様のこだわりが見えます。上見の際により金魚を引き立てる色合いだとか、横からの鑑賞にも前向きさがある作りばかりで、金魚の美しさをあらゆる角度から愛でようという気持ちのようなものが見て取れました。
「自慢の一匹を手に入れてからは、もうそれしか目に入らなくなりましてな。他の金魚は付き合いのある愛好家へ譲ったのです」
 鉢の様子からして、旦那様は相当な愛好家であることは分かっていました。それが故に、たった一匹に目を奪われてしまったというのだから私はずいぶん仰天しました。
「それで、その金魚というのは」
「案内いたしますとも。こちらへ」
 一体どれほど素晴らしい金魚なのだろうか。気が早るのを抑えようとしていましたが、全くの無意味だったでしょう。旦那様はむしろ、興味津々な私を好ましく思っているように見えました。

 案内されたのは、部屋ではなく塔でした。敷地内に建てられた別棟で、周辺のどの建物よりも高さがありました。物見塔、とでも言えば良いのでしょうか。
「この上からだとよく見えます。階段が高いので、どうぞお気をつけて」
 四階分の階段がありました。息切れしそうになりながら塔を登ると、建物の中は部屋が一つだけあり、開閉できない大きな窓がつけられていました。旦那様は私を窓のそばに来るように手招きしました。
 目の前に広がる光景は、今までに見たことのないものでした。この塔は、先ほどいた屋敷と庭のほとんど全てが一望に収められるような造りになっているのだと理解しました。庭園といって差し支えのないくらいに広大でありながら整っており、日本庭園の粋が詰まっているように思います。
「…………?」
 眺めの素晴らしさに感嘆しましたが、違和感を覚えて目を凝らしました。美しい風景の核となっている大きな池に、きらきらと光るものがありました。それは太陽の光を受けて煌めいており、しかし単なる水面の反射ではなさそうでした。そしてその光には見覚えがありました。まるで、金魚の肌が放つ、水中と水面の境目にいるときの輝きのようで、揺めき方までそっくりでした。
 ふと、その煌めきの近辺に半裸姿の若い男性が池に腰掛けていることに気付きました。男性もこちらの視線に気付いたようで、微笑みを寄越しました。男性が池の中に足を入れて涼んでいるのだと思いましたが、その男性がやおら池に浸かり、そのまま泳いでいくと、先程の煌めきもその後を追っていきます。
「いえ、まさか。そんな……!」
 何度も目を擦り、しきりに瞬きを繰り返しました。見間違えでないのなら、その男性の下半身は魚のようでした。尾鰭が扇状に広がっていくのがはっきりと見えます。その揺らめきは大変優雅でした。身体をくねらせながら泳ぐ姿は妖艶ともいえます。輝く肌の柄は白金と紅の二色で、確かに琉金を思わせる体高と上品さでした。この位置からだとその姿が十分に堪能できる――……旦那様の方を見ると、満足げに頷いているではありませんか。
「お分かりいただけましたか。この場所はアレを良く眺めるために作った場所です」
「あれは、一体」
「私の金魚ですよ」
 驚愕のあまり、私のほうが金魚になってしまったが如く、口をぱくぱくと開閉してしまいました。
「あなたも金魚屋をしていて、考えたことはありませんか。交配と変異によって品種改良をする際に様々な試みをすると思います。あれは、人魚と金魚を人工的に交配したものなのですよ」
 そんな馬鹿な! まるで御伽噺を聞いている様でした。人魚という存在そのものも眉唾ものだというのに、そこに金魚を掛け合わせた? 信じがたい話でした。交配は大変に労力がかかり、交配したからと言って必ずしも美しい姿になるわけではないのです。あのような完成度に辿り着くまでにどれだけの労力があったと言うのでしょうか。人間に魚の振りをさせているだけでは、とも考えてしまいました。
 しかし、実際に私の目の前で健やかに泳いでいるのです。何一つ不自由していなさそうな表情で、天女の羽衣の如く柔そうな尾鰭を振りながら……。
「近くで拝見しても?」
「勿論です」
 半ば駆け降りるような速度で階段を降り、庭園内へ向かおうとしました。旦那様がどこか嬉しげに「私の金魚は逃げませんよ」と言うので、私はまた視野が狭くなっていることを恥じて、旦那様の足並みに合わせました。
「おおい、こちらに」
 旦那様が呼び掛けると、すぐに水面がサワサワと動き出しました。雨が落ちて波紋が生まれる時のように、静かに揺れ動きます。
 人魚が水面から出て、再び仰天しました。上半身も、大変美しい造形をしていました。髪は金色に輝き、目は緑がかった茶色でした。抜けるような白い肌で、夏の日差しに照らされてより眩い色をしていました。
「こんにちは。お客様?」
 しかも流暢に話すので、私は言葉も呼吸も忘れるくらいに驚きました。
「金魚屋をしている方だ。ご挨拶なさい」
「初めまして」
 私は二の句が継げぬまま、ぎこちなく頭を下げました。
「海外の人魚と日本生まれの金魚の交配なのだ。日本にいた品種を海外で改良し、それを日本に逆輸入する形で持ち込み、様々な研究の末に作られた。最高傑作と言って過言ではないと思っているが、なかなか良さが分かるものが居なくてね」
 禁忌を犯していると分かっているのに、私はときめきが止まりませんでした。完璧な出来であり、神が手がけた美しさであると心底感じました。この時の衝撃は貧弱な私の言葉では言い表せません。
「大変素晴らしいものをお見せいただき、本当にありがとうございます。心より感謝を申し上げます」
 私は、この世で一等美しいのは金魚であると信じて疑っていませんでした。しかしこれ以上に美しい金魚が居るかと言われればすぐには頷けませんし、競うことなど烏滸がましいことです。圧倒的な美は比肩する存在もなく、《ただ在る》のだと思い知りました。
「よろしければ、金魚の魅力を良く理解している友人として、これからも屋敷に来ていただけませんか。日頃の世話もですが、病気や水質に関することでお聞きできると大変心強いのです」
「私のような若輩者でよければ、喜んで」
 固く握手をし、私は何度もお礼を申し上げました。自分の知識が彼等の役に立つのであれば何だってすると心に決めたのです。

 ◆

 夏の繁忙期は例年以上に目が回りそうになるほどでした。卸問屋への対応、友人となった文士らからの取材……。特に、品評会で注目を浴びた蘭鋳をこぞって入手したがる人が多かった為に、人魚の元に行くのは週に一度程度でした。
「ね、金魚屋さんは僕のこと好き?」
「もちろん」
 彼を遠くから眺めるだけではなく、私は近くで観察することを好みました。指や爪、歯の様子を見せてもらったり、好きな食べ物について聞いてみたり、歌を歌ってもらったり……。彼はおしゃべり好きなようで、こうやって話していると、小さな子が今日あった出来事を無邪気に話す様子と同じでした。
「旦那様はね、どこを探してもお前以上に素晴らしい金魚はいないって言うんだ」
「そうだろうね。旦那様は、君のことを大変自慢に思っているよ」
 彼は何だか浮かない様子でした。尾鰭で水面を軽く叩いて、水を跳ねさせて遊んでみるものの、気が晴れないといった様子でした。
「でも、本当に僕のこと、好きなのかな」
 一際大きく、尾を叩きつけて水飛沫を立てました。仰向けに浮いて、夏の光を惜しみなく浴びながら浮かびました。尾鰭だけではなく金色の髪がふわりと広がって光り輝く花が咲いたようです。彼は夏空に広がる真っ白な雲を見つめていました。
「……もっと広いお家がいいな。大きくなりたい」
 その美しさよりも、どこか憂いのある表情に、私の胸がどきりと音を立てました。
 
 しばらく働き詰めになっても、彼の表情が離れませんでした。多忙で手が回らないと言うのは嬉しい悲鳴でありますが、もっと多く通いたい気持ちに嘘は吐けず、儘ならなさを感じていました。
「もしよろしければ、金魚屋の生業ごと、私の屋敷に移したらどうでしょう」
 そんな私を見かねてか、旦那様から魅力的な申し出を受けました。
「店舗を続けるのであれば、私からも人を出しましょう。研究に専念するのも良いですし、アレに対して気付く点があれば何でも言ってほしいのです」
 一も二もなく私は飛び付きました。店は引き継いだものですので、そのまま続けることにして店番を置くようにお願いしました。私は客人兼世話係として旦那様のいる屋敷に厄介になりました。実物の金魚を見ながらでなければできない話を除いて、私は貸していただいた仕事部屋と庭園のどちらかにいることがほとんどになりました。

 夏の繁忙期を乗り越え、旦那様と共に食事をする機会が増えました。私はスケッチした金魚の彼の絵を見せたり、意見交換をしたり、互いに感じる魅力について大いに語りました。夜であれば、そのまま晩酌へと地続きになりました。話は尽きず、そのうちに物見塔で彼を眺めながら一杯やることが次第に習慣化していきました。
 秋の月が池に映り込み、大変風流でした。文士の友人が喜びそうな景色です。水面を金魚の尾が揺らし、月明かりに照らされる様子に酒が進みました。
 私はとあることに気がついておりました。旦那様は、かの金魚を心底愛でているにも関わらず名を付けようとしませんでした。
「アレは、人間の都合で生み出した命。であれば人間である私が守り通すのは当然のこと。名前を付けるのは、私とアレを同等であると見做してしまう。それでは守ることができない。アレは私の物であるとはっきりさせておくことで、狼藉者を弾くことができるというもの」
 旦那様なりの美学とも言える思いをお聞きできたのは、共にここで過ごした時間の分だけ仲が深まったからでしょう。物見塔にはものが増えました。簡素な机と椅子、酒と肴、それから金魚に関する蔵書です。旦那様は新たな酒を開け、大分気を抜いた様子で次の酒を煽りました。
「アレの身の安全を守るべく、私は扱いを変えることはない。命への責任というのは、そういうものではないのかね」
 芯のある声でした。旦那様の金魚への愛は格別であることは間違いありません。しかし、それによって彼自身が寂しい思いをしているのも知っていました。
「仰るとおり、交配には失敗が付き物です。あの完成度に持っていくまでの労力を考えれば、その試行錯誤には頭が下がります。故に、旦那様がそのようにお守りするのは当然のことかと思います」
 彼の気持ちや思いを知っているからといって、私が口に出すのは筋違いに思えました。気がかりになるとしたら、彼の思い煩いが身体に影響を及ぼす可能性の高さでした。金魚も品種ごとに強健さが異なります。彼は身体が強くとも、感受性の高さを思わせる言葉から、繊細であると思っていたからです。
 翳りを宿して遠くを見つめる彼の顔が不意に浮かんできました。旦那様にそれを悟られるのは、憚れる心持ちでした。
「美しい金魚を作り出すということ自体、人の都合です。美という決まりそのものを、人間が作り出しているのですから」
 酒と池に同じ月灯りが注がれているのに、私の手元にある月はちっとも良いものに思えません。酒にも彼にも目をやれず、私もまた、彼が見ていた空へと視線を移しました。 
「彼をより一層、美しくするのであれば……」
 もっと話を聞いてやってください。耳を傾けてやってください。
 ……なぜか、その言葉を口にすることができませんでした。酒で舌を濡らして、旦那様へ笑顔を向けました。
「やはり鰭をより伸長するのが良いかと思います。池の中で障壁になるものを減らし、広く場所をとってやると、直ぐに変化があるかと思います」
 鰭を広げる研究と調査の内容については、旦那様も前のめりになってお聞きしていました。具体的には新たな鰭が腕や肘から形作られていく可能性がある、ということをお話ししました。上見のために背鰭は無くしたままにして……。
 旦那様の瞳は少年のように輝き、純粋で、場合によっては残酷さをもってしまう危うさを孕んでいました。
「区画を分けながら取り掛かるとしよう。明日からだ」
 返事は想定していた通りの内容でした。
 旦那様のことを一方的に責めることはできません。私も金魚の可能性を見出したい。当然美を追求したいという思いに、歯止めが効かなかったことは事実なのです。