垢嘗

 隣の部屋で殺人事件が起きた。
 ある日突然、とてつもない異臭がしたので大家に連絡して発覚した。たったそれだけ。俺はそのきっかけだっただけで何も関係ない。隣人とは会話らしい会話もしたことがないし、顔も朧げだ。俺はただ、大学へ進学する為に貯金してるだけの田舎者なんだから。
 警察から事情を聞かれたが、時折ひどい悲鳴が聞こえたくらいで、そういえばここ最近静かだと思った、と正直に言えば俺の役目は終わった。
 ひっきりなしに報道陣がやってきて、全く穏やかではない。勉強するにも集中できる環境ではなくなった為、引っ越したい旨を大家に伝えると、敷金を返してもらえることになった。なんの補填もできないからせめて、とのこと。そういうものなのか、と特に疑問に思わず、返してもらえるならそれに越したことはないと考えて次の物件探しに繰り出した。

 これからの人生、夏になったら、今回の殺人事件を毎年思い出すだろう。夏場で傷んだ死体はあんな臭いになるのかと要らぬ発見を得てしまった。
 ただ、それでも、これまた要らない経験のせいで対して動揺せずに済んでいる。

 大学なんて××な奴がいくところだと親から言われ続け、高校卒業して仕事を探しに出たフリをして、そのまま上京。今の今まで細々と暮らしてきた。絶縁した親は愚か、地元に繋がるものは全て捨ててしまった。
 十九になった今、自分専用の小さなちゃぶ台が俺の宝物だ。好きに物が食えて、勉強もできる。
 実家の食卓は、俺以外の家族が食事をする場であり、母親が化粧をし、父親が本を読み、姉が勉強をする場所であって、俺はその席に着くことを認められていなかった。床に座って飯を与えられた。良くて残飯、悪けりゃ何も調理していない腐った肉。もっと酷けりゃ生ごみ。高校を出られたのは俺の努力……ではなく、両親らの世間体。中卒は恥ずかしいが大学は不要だという謎の理論を振りかざされ、俺は今に至る。
 二十歳になれば、誰の同意もなく生きていける。今は年齢を誤魔化したり誰かの好意に甘えなければ生きていけない。一人で生きられる二十歳が俺の人生の始まりになるんだと決めて、今は金と学力の貯蓄時期。
 大学に行きたいと思うのは、勉強したいという純粋な気持ち……ではなく。就職や人生の選択肢を増やしたいだけなのだ。ただ、大学に行けばより専門的な人員がいて資料もある。今の自分が何に向いているかも分からないから、就職云々以前に知らなければならないのは確かだ。他人よりも何周も遅れて人生を生きようとしているのだから。
 時に歳を誤魔化しながら夜の仕事もし、昼間は土建などのバイトもする。体を壊しては意味がないからと休みの日を作り勉強もする……。住まいは保証人の要らないところを選んだが、例の事件が起きてしまった。運が悪かったと割り切って、胸に抱える。時間を無駄にしたくない。

 都心に出やすく、駅近で、未成年でもどうにかなる安いところを探す。
「どんなに古くても良いんです。とにかく静かで安ければ」
「浪人生って言ってたもんねぇ、こんなのは?」
 おじいちゃんが個人がやっていそうな不動産屋を狙って探していくと希望に沿うものが出てくる、出てくる。結果、お望み通りのボロ屋に落ち着いた。ベッドタウンにある物件で、外観はボロだがリノベ済。住むのには問題ないし、都合が良い。あんまりにも安いので何かしらのいわくはあるのかもと思ったが、金を貯めることが最優先であるため、その日のうちに入居を決めて翌日に引っ越した。
 もとより荷物はいくつかの服と参考書と折り畳めるちゃぶ台、スマホだけ。まとめてしまえばカバン二つとちゃぶ台を担ぎこむだけで事足りた。
 事故物件になっちまった元の住まいよりも安くなった上に敷金も返してもらえたので、雨降って地固まった。運が良かったと思えてきた。

 ◆

 引っ越しは片付けもほとんどなく、消耗品を買い揃えただけで終わった。家具もない中での暮らしなので勉強が済んだらとりあえず風呂でも入ってみるか、と思い立つ。
 ぴかぴかの浴室に、一人感嘆の声を漏らす。実家はタイル床の古い風呂だったし前の家はユニットバスだったので、広々とした綺麗な風呂は生まれて初めてだ。自動で温度を調整してくれるし、風呂を溜める機能も追い焚きも付いてる。なんだかシャワーだけで済ますのももったいない。
 せっかくの初日だし、と風呂を溜めることにした。ボタンを押して戸を閉めると、ピチャピチャと音がする。風呂を溜める「ジュバー」という音ではなく、なにか滴るような、低い位置で跳ねるような音………
 何処かで水漏れでもしてるのか、いや、おかしな所は無いな。
 と思いながら、単語帳を眺めて待った。

『お風呂が沸きました』

 清らかな女性の声でアナウンスが流れて少し驚いた。どんなものかと思いながら浴室へ様子を見てみると、真っ白な浴槽に青みがかった湯が張られている。とても贅沢なひとときに思えて、早速服を脱いだ。
 身体の垢を落とし湯船に浸かる。はぁ、と目を閉じて息を吐いた。無駄に伸びた身長や土建で鍛えられてしまった身体でも、それなりに伸び伸びとできる。思えばこんなにゆっくり風呂に浸かったのはいつぶりか、もしかたら人生初めてかも、と身も心も浸った。
 静かな浴室内……であるはずなのに。
 やはり、ピチャピチャと聞こえてくる。それもかなり近くで…………

 一体どこから。
 すぐ横、浴室の床で四つ這いになる異形のものがいた。

「ひっ……!?」
 突然のことになると声が出ない。明らかに人間ではないものが浴槽の床を舐めている!
 それはゆっくりと顔を上げて、赤くて異様に長い舌を蛇のようにうねらせた。
 薄緑色の肌、張り付くような髪で色は藁のよう。
「お前、おでが見えんのか?」
「あ、ああ」
 咄嗟に返事をしてしまったことを後悔した。その人外はぱっと表情を明るくして浴槽に張り付く。
「おで、垢嘗ってんだ。お前は?」
「俺は、……やぬし」
 名前を告げるのはまずい気がして、家主の意味でそう答える。名字だと言い張れなくもない響きだが、変に思われるだろうか。
 そういった心配は特にいらなかった。ぎょろりとした目は意外にも澄んでいる。
「そうかぁ、やぬしかぁ。人が居るの、久しぶりだぁ。たくさん風呂に入ってな。おで、垢が好きなんだ」
 そう言いながら浴槽の溝を舐める。不気味ではあるが……どうやら害はないらしい。機嫌が良さそうなのを損ねたくない。
「俺は、一年ちょっとの間だけここに住む。その間よろしく」
「そうかぁ、よろしくな!」
 安い賃料なのには理由があった。大学入試まであと一年弱だというのに!
 奇妙な風呂場の共同生活が始まってしまった。

 ◆

 風呂を通して、垢嘗という妖怪の事情と生活を垣間見る。妖怪を研究対象にしてる変人も世の中にいるはずだが、俺が得た事実は何かの価値になるだろうか……と考えてすぐに止めた。そんなことを口走れば俺が変人だ。
 垢嘗はいつでも風呂に居る訳ではないが、ちょこちょこ現れるし、鉢合わせた時に会話する。少し調べたら一年のうちに三回見たら病気になるという言い伝えがあって狼狽えた。だが、本人から「おでに疫病を撒き散らす呪いなんてねぇど」と言われて露骨に安心してしまった。
 土建のバイトで土埃に塗れた日、垢嘗は特に喜んだ。
 身体を洗った後に現れて、床や壁を舐めにくる。上がる時に湯を抜いてまた明日。浴槽もぺろりと舐め上げていているのか、かなり綺麗になっている。試しにこすってみたら、風呂掃除のCMなんかで聞くキュッキュッとしたあの音が出たので、掃除要らずだな……。と独り言をこぼした。掃除をする手間がない分、その時間を勉強に充てることが出来る。
『やっぱり変に追い出そうとするより、経済的なんじゃ……?』
 害どころか益しかない。便利に感じてしまい、妙なバランスが取れた共生生活となっていっていた。
 
 ある日、ホストのバイトでこんな話題になった。
「結局、アカスリに落ち着くみたいなところあるよね」
「色々やってみて、みたいなね!」
 知らない話題については、客から教えてもらうことも多い。俺は世間知らずなのを隠さずに働いていたので、あまり身構えずに質問する。
「アカスリって、どんな感じなんですか?」
「やった後、めっちゃツルツルになる!」
「やりすぎると肌が荒れるけど、結構簡単にできるよ」
 ヘルプでもちゃんと勉強しとけ~、と小突かれる。少し気を使えば、そのニキビ肌も良くなるかもね、といじられた。ライターの火を差し出し、苦笑いになりながらも思うところはある。確かに、見た目がよくなれば収入が上がるかもしれない。
 薬局や百均ショップなどにもあるということだったので、お試しとしてやってみることにした。何となく気が向いたのと、垢をしっかり落としておけば垢嘗も喜ぶかも、……とほんの少し思ったためだ。
 仕事から上がって、二十四時間営業の薬局に立ち寄る。アカスリのタオルや石鹸などが置かれており、扱いやすそうな手袋状になっているアカスリを購入した。
 始発に乗って最寄り駅に到着すると、太陽が朝方から仕事を始めていて、涼しげな朝は早々に居なくなってしまった。汗ばみながら帰宅する。すぐにでも寝てしまいたかったが、買ったものを試したくなり、せっかくなので湯を張ることにした。
 湯が沸いてすぐ、手順にそって身体と肌をほぐす。二十分ほど浸かってから試しに左腕の肌をアカスリで肌を擦ると面白いくらい垢が出た。
『おお……なんかちょっと感動する』

 全身やるのは大変だと思い、今日は目に見える両手足にしようと決める。肩から腕にかけて擦り、水気が足りなくなったら湯で肌を濡らす。地道に繰り返し擦り、特に膝や肘の黒くくすんでいる部分を丁寧に手入れした。
 一通りできたところで湯で流そうとしたが、長い舌が腕をベロリと撫でていく。
「うぉ!」
 突然のことに驚くが、当の本人は垢に夢中になっていた。いつもなら床や壁、浴槽の垢を嘗めているのに、俺の肌を直接……!
「う、わ……!」
 声を上げたが、垢嘗はお構いなしにあっという間に舐め取っていった。しゃぶりつくような音、舌のうごめくような動きがダイレクトに伝わる。
「っ、あ、……!?」
 腕が終わって脚にまとわりついたかと思うと、足の指の間まで嘗められて、ぞくぞくとした感覚に襲われて戸惑う。くすぐったいような、もっと違う何かの刺激にも感じられたが、垢嘗の口からチュポンと音がたって動きが止まった。
「はぁ、今日は満足だぁ」
 ほくほく顔でそう言うと垢嘗めは上機嫌なまま天井裏へと消えていった。
 呆然としながらもやたらとツルツルになった四肢の肌ざわりを確かめる。アカスリの後に手入れが必要だとあったが、そんなものが必要ないくらい、もちもちとして吸いつくような肌になっている……。
『あれ、もしかして、垢嘗のおかげ……?』
 アカスリで垢を出して、あいつに食べてもらえば一番美容にいいんじゃ? 金を節約しながら見た目がマシになったらいうことない。
 垢嘗の存在を受け入れるばかりか、肌を嘗められても気にならないくらい常識が麻痺し始めていた。

 翌朝、シャワーを浴びていると垢嘗が話しかけてきた。
「やぬし、やぬし。昨日の肌をこする奴、やらないのか」
 よっぽど気に入ったらしい。目を輝かせる表情にたどたどしい話し方。こうやって接していると本当にただの小さい子のようで、慣れてしまえば警戒心も薄れる。アカスリの仕組みについて教えてやった。
「風呂に入って、皮膚を柔らかくしてからやるんだ。だからやるなら湯を張らないと」
「じゃあ、今日また使うか?」
「今日は昼に勉強して、夜遅くまで働くから、やるなら明日の昼かな」
「楽しみだぁ。たくさん働いた後のやぬし、美味いからな」
 微妙な気持ちになる。褒められてるんだか、垢だらけということなのか。とはいえ互いに利益の一致した生活なのは変わりない。
 シャワーが終わると「いってらっしゃい」と見送られた。全く奇妙な生活だ。

 ◆
 
 昼は空いていると思ったが、ばっちりとバイトが入っていた。昼は土建、夜はホストのバイトとなりくたびれ切っていた。完全にスケジュールミスだ。
 さっさと泥のように眠りたい。なのに身体が妙に冴えてしまっている。朝日を浴びてごろごろと寝転がってみても、いつまで経っても治まらない。
『疲れマラ……って本当にあるんだな』
 シャワーだけでも浴びようか、いや、その前に処理だ。とにかくこれをどうにかしたいが片付けも面倒だしトイレか風呂で……と考えて、寝落ちするなら汚れを落としてからでいいかと考えて風呂を選んだ。
 熱めのシャワーにして頭から浴びる。汗と泥っぽい、どろっとした気持ち悪さが流れてく。その間も股間はしっかり元気なままで、ぎこちなく何度も擦る。
「ッ、はぁ、……! クソッ!」
 生育環境が悪かったからなのか、……。実は自慰は得意じゃない。こんなものは生理現象を治めるためだけの行為であり、性感を与えて吐き出すだけの行動だ。
 夢精が面倒だから処理するだけ。実家では下着や布団を汚そうものなら罵倒され、しかし自慰で処理するのは汚らわしいと言われ、息を殺して処理をしなければならない。俺にとって自慰はそういうものだ。
「ッう、ん……!」
 早く終われ。早く出ろ。そう念じながら目を閉じて手筒を早めていくが、鎮まるには高まりすぎていて、達するにはほど遠い。中途半端な状態に苦しささえ覚える。先走りで濡れはじめ、どうにか少しずつ昂ってきたころに、予期していなかった事が起こった。
「ぁッ!♡ ……!?」
 ぞくん、とした今まで感じたことのない感覚に信じられない声が漏れた。自分の声とは到底思えず、驚きで呼吸が止まりそうになる。だが、それは一瞬で消し飛んで、より驚愕の事態に陥っているのを目の当たりにする。
「ひ、ぃっ、待て、あかなめっ!?」
 いつの間にかやって来ていた垢嘗が、俺のをしゃぶっていた。ぺろぺろと舌を動かして、まるで試食しているような雰囲気だった。
「汚いからッ、ぁっ、ん、ぁあっ♡」
「濃い……。なぁ、やぬし。もっと良いか?」
「も、っと?」
 返事をする前に垢嘗が芯にむしゃぶりつく。長い舌をぐるりと巻きつかせ、カリの溝を舌
先でくすぐられた。汚れを嘗めとると決めたからか、余計にヌルついた舌で擦り上げられて息が引き攣った
「ア゙ッ♡ やめ、! ふ、ぅ゙っ……! ん、んぁ♡♡」
 浴槽のヘリに腰掛ける姿勢になっていたが、強すぎる刺激に腰が引けてしまう。
「やぬし、動いちゃダメ」
 腰に抱きつかれて固定されて逃げ場がなくなる。経験したことのない甘くて容赦ない快楽が津波みたいに襲ってくる。
「まてっ、垢嘗めぇ! あ、やばい、やばいから、やばいからぁッッ! ぁっ、あ゙ぁぁ……ッ♡」
「わっ、なんだぁ?」
 最低だ。垢嘗の顔にぶっぱなしてしまった。今まで自分がやっていたものとは違う吐精感にぐったりと脱力してしまう。垢嘗は垢嘗で、とろんとした表情で精液を嘗めていた。
「んん、旨い……。なんか、くらくらしてくる……」
「な、ぁっ! あかな、めぇッ!♡ 啜るなぁ!」
 下品な音を立てて、俺の鈴口に唇を当てて吸い上げる。ジュルジュルとした水音をさせながら、舌を巻きつけて上下に扱く。搾りだすような動きに目の前がちかちかとした。
『き、きもちい、とける……!』
 恥も外聞もなく乱れ、垢嘗の肩を掴んで引き離そうとしたが、力が思うように入らない。結局垢嘗に縋って、次の快楽をゆすっているみたいになる。
「ん゙っ♡ あっ!♡ あぁ゙ッ!♡ やっ! それ゙、ッ♡ やめ、やめろよぉっ!!♡♡」
 イッたばっかりで敏感になっているのに構わず、垢嘗は遠慮なしに次の精液を急かす。
『知らない、こんなの、ちんこ擦るだけで、こんなにならない……!』
 どこをどうすれば達するのか、俺よりも分かっていそうな動きで、舌うねうねと動いて締めたりする。その度に、獣みたいに濁った甲高い声が溢れた。
「ッあ! ぁ、あ゙っ、まって、まってぇ"……! はー、はーッ♡ ッぁ、ふ、ふぅ゙、っン♡♡ だめ、ぁ゙、ッ!! ぁ、ああ゙──ッ♡」
 垢嘗も俺も夢中になってた。目の前の快楽がとんでもなく良すぎて、真っ白に漂白されて何にも考えられなくなる。いつの間にか俺のは爆ぜて、鼓動と同じリズムで精液を放っていた。
『違う、いつもと……。マジイキってやつ……?』
 長い時間をかけて吐き出して、全力疾走した後よりも激しい疲労感が襲ってくる。もともとハードワークだったせいで、指一本動かすもの怠いくらいだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁー……。やぬし?」
 腹いっぱいになったのか、我に返ったのか、垢嘗はやっと俺の方を見たが、ろくに返事ができない。快楽の余韻でひどく眠い。そのまま意識を手放したらどんなに心地いいだろう。
「今日は、もうおしまいだから……」
 上手いこと言えないまま、浴槽にもたれかかったままブラックアウトしていった。ずるずると床にへたり込む……。

 ◆

 起きた時には湯冷めしていて、あまりに寒かったので湯を張ってそのまま入った。保温状態のまま少しまた寝て、次に目が覚めると、浴槽の床を舐める垢嘗が居た。
「垢嘗」
 呼びかけると小さく返事はしたものの気まずそうにしていて、余計に小さい子供に見えてしまう。責めるつもりはなかったので、極力優しい声にようと努めた。
「……その。湯舟から出たら、アカスリやるから。けど、あんまり嘗めすぎないようにな」
 拒否していないことを示すのに、提案できることはあまりないが、垢嘗にとっては最大限の許しに聞こえたみたいだった。ぱっと顔を上げたかと思うと、顔をくしゃりと歪ませる。
「おで、やぬしに嫌われたかと思ったぁ」
 思っていた以上に思いつめていたようだった。安堵のためかぽろぽろと涙をこぼすので宥めるために頭をぽんぽんと撫でてやる。
「決まりを作ろう」
「決まり?」
「今日やったことは、俺の体力を使うんだ。そうなると仕事に響く。仕事に行けなくなったら、ここに住むための金が手に入らなくなる。そうなったら俺がここに住めなくなる。垢嘗も困るだろ」
「うん。やぬしは旨いから、居なくなるといやだ」
 即答するくらいには、どうやら俺は他よりも美味らしい。相変わらず微妙な気持ちになるが、メリット以外のところでも絆されて来ている自覚は多少ある。
「だから、次の日仕事が休みの時だけにしよう。仕事がある日は擦るやつにするか、床とか浴槽を嘗めること」
「わかった!」
 物分かりがよい返事に、可愛らしささえ覚えたのも束の間。
「やぬし、明日は仕事?」
 目を輝かせて早速聞いてくるので、なんだか脱力してしまった。
 ああいったことを……無垢な子供にさせているようで後ろめたい。だが垢嘗は妖怪で人間ではなくて、人間の常識の埒外にいて……。
「……仕事はないから出来る……んだけど、アレにも決まりを作ろう。やりながら言うから、覚えて」
 結局、体験したことのない快楽への興味が勝ってしまった。なんて最低なんだ俺は……と思っているのに、あの感覚を思い出して、早くも半勃ちになっていた。湯舟から出て風呂用の椅子に座ると、垢嘗は背後から覗き込む様にしてまじまじと見つめてきた。
「いきなりココからいくんじゃなくて、上から順番にいこう。身体を洗う時に頭、顔、身体の順番に洗うと汚れが下に落ちて綺麗になるんだ。それと同じ」
「ふうん」
 さすがに頭は舐めないだろうと思い、シャワーで頭を濡らして普通に洗おうとしたが、予想は裏切られる。ツーブロックに刈り上げていたところを舐め上げられて、女みたいな悲鳴が出た。
「え、あ、ちょッ! そこは旨くないだろ!」
「えぁ? ちょっと味が違って旨いど?」
 そういう問題じゃない! と言ったところで止まらない。物分かりがいいだけで聞き分けがいい訳では無いみたいだ。ぞぞぞっと降ってくる寒気に似た感覚に肩をすくめる。
「ひえ、……!」
 耳の後ろ、首回り、胸元ときて乳首に触れる。皮膚の作りが違うからなのか、それともそこに何か旨さを感じたからなのか、何度も何度も行き来する。
「ん、ふ……ッ♡ あッ♡」
 また、自分のものとは思えない声が漏れ始めた。垢嘗はすでに夢中になっていて、俺の出す声なんて気にしていないみたいだった。
「ぁあ♡ あッ、う♡ きもち、い……♡」
 だんだんとタガが外れていく。口に出してみると余計にそういう風に思えてきて、ゆらゆらと腰が揺れてしまう。
「は、ァ…♡ んん、んん……♡」
 臍や背中へと降りて行って、どんどん近づいてくる。そのころには、痛いくらいに勃っていて、早く触れてほしくて先走りの露がこぼれ始めていた。
「やぬし、もういい?」
「いい、ぞッ♡ 先の方からッ……!」
 言い切る前に、垢嘗は俺の足の間に移って、大口を開けてぱくりと含んだ。そのまま中でもごもごとねぶるように動かす。口の中の温かさと舌の厚みで圧がかかって気持ちいい。
「はー♡ ふうう……ッ♡ ぅン゙♡ ア゙、ァ……ッ♡♡♡」
 混乱のうちに終わった昨日のとは違い、与えられる刺激がどんなふうになってやってきているかが見てわかる。それが余計に快感を増幅させていた。すぐに駆け上がってきて、あっけなく限界を迎える。
「──、ッ♡ ン……ッ♡ はああぁ……ッ♡♡ はあーッ……♡」
 垢嘗は旨そうな顔をしながら頬張っていて、余計な背徳感が募る。どくん、どくんと放たれる精をぺろりと飲み込んだ。
「旨かったぁ! やぬし、ごちそうさま」
「う、ん……♡ またしような」
 風呂の栓を抜いて、浴槽を垢嘗に明け渡そうとする。身体の中に余韻が残っていて、癖になったらヤバいやつだと感じる。
『これ、風呂で気絶したら、出られなくなるやつ……』
 まだ治まってないせいか、ぼんやりそんなことを考えていると、垢嘗が何かそわそわした様子でこちらを窺っていると気付く。早く浴槽を嘗めたいのかな、と思い湯もほとんど抜けたので、声をかけようかと思っていると……。
「やぬし、こっちもいい?」
「こっち? こっちってどこ……!?」
 垢嘗の長い舌が太ももを伝い、割れ目に沿って這う。ぞわぞわっとした感覚が駆け抜けると同時に、下腹部がきゅうっと縮むように疼いた。
「ば、馬鹿! そこは駄目だって!」
「なんか、さっきのそれと同じ味がしそう……」
「ひ、いッ!♡」
 足を引っかけて、湯が抜けた浴槽の中に背中から落ちる。咄嗟に腕をついて頭を打つような事態は避けたが、浴槽の淵に膝を引っかけて下半身を垢嘗に丸出しにしているような体勢になってしまった。これ幸いとばかりに、垢嘗の舌は穴の淵を濡らして滑りを良くしていく。
「ア゙、ッ♡ 〜〜〜……ッ゙♡ ぁ゙は…ッ♡ はゔ♡♡ ん…ッ♡」
 グチグチといやらしい音を立てながら、舌が侵入してくる。中から内臓を押されるような苦しさを感じるが、それ以上に身体の奥からざわめくような波が立っているのを感じた。
『俺、童貞なのに! 尻に突っ込まれて……!』
「垢嘗ぇ゙、ッ♡ はぁ゙♡ そこ、入れちゃッ♡♡ だめ゙なとこだから゙……ンぁッ!♡」
「あ、ここだぁ」
 無邪気な声とともに、中のいいところを執拗に狙われて、甘ったるい快楽に足がバタつく。
「ッあ゙♡♡ ひッ♡ ゔ♡ ア゙ッ♡♡」
 すっかり勃ち上がって、先走りの汁が自分の腹や顔にかかる。無理のある体勢で垢嘗の好きにされている状況に、馬鹿みたいに興奮していた。
 穴の淵ぎりぎりまで引き抜かれて、一番奥まで突っ込まれる。動きはセックスのそれだった。ヌルヌルした舌が行き来するだけで熱くなって全部めちゃくちゃにしてほしくなる。
『垢嘗に犯されてる! 無邪気に食べてるだけなのに! 犯されちまってる!』 
「あ゙うッ♡ ア゙♡ ゥあ゙ッ?! こわれる……ッ゙♡」
 ローションを丸々一本、中に注がれたみたいにヌルヌルで、ブチュブチュと泡立つような音をさせられて、頭がどんどん麻痺していく。いいところを全部擦られて垢嘗の舌をきゅうきゅうと締め付けてしまう。つま先までぴんと張って、内腿がぶるぶると痙攣し始めた。
「はぁッ!♡ あっ♡ ア゙ッ!!♡♡ ひあ゙ア゙あ゙!♡♡ い゙ッ!!♡ あ゙ァ゙あ゙あ゙あ゙!!♡♡」
『ヤバい、ヤバい、ヤバい! 何か来る……!』
 そう思ってすぐ、身体の芯から気持ちよくなっちまって、思考が奪われる。涙も鼻水も涎も垂らしてみっともなくなっているだろう。一番奥をぐりぐりと長い舌でハメられて悲鳴みたいな声が響いた。
「やらっ!♡ しぬ"ッ、ゔ!♡♡ あーッ! あ"あ"ァッ!♡♡」
 飛んじまう。もう何も考えたくない。マジイキしてる。もっとイきたい。イきたい。イきたい!
「ん゙ッッ…あ゙ぁ゙!!♡♡ ん゙ン゙ッ!!♡♡ ゃア゙っ、♡ あ、アッ♡ あ゙♡ あ゙!!♡ ゔあ゙ァ゙!!♡♡」
 竿には触れられていないのに、中をグチュグチュにされただけで派手に何度もイッてしまった。信じられないくら量が出て自分に降ってくる。ずるんと舌が引き抜かれて、顔や腹にかかってしまった精液を一滴残らず嘗めとっていく……。
「やぬし……」
 どこをどう刺激すればより多くを放つのか、試すように全身に舌が這う。顔も、背中も、耳も、全部性感帯になってしまう。
「あかなめ……♡ 口の中も、……♡♡」
 さっきまで自分の中に入っていたとか、自分の精液がついてるだとか、そもそも妖怪とディープキスするとかも、なんにも気にならないくらい俺の思考は溶けていた。
「あ、ァ♡ ン、んんぅ……♡」
 口の中、上あごのざらざらしたところが一番ぞくぞくする。こんなところにも性感帯ってあるんだ、と少し冷静になりながら快感を追いかける。
「やぬし、また腫れてる。嘗めて良い?」
「いいぞ……今度は優しめに、な♡♡」
 浴槽に引っ掛けた脚をぐっと広げて、垢嘗を誘う。どろどろに溶けそうな快楽に溺れるように浸かっていった。
 
 ◆

「なんかお前、……最近、垢抜けたな?」
 土建バイトの休憩中、そんな風に言われた。真夏の空の下、火傷にならない程度に日焼け止めを塗っていたタイミングで、飯を食った後に肌の手入れをする俺が不思議に見えたみたいだった。同じ現場で働く人たちがほぼ全員が集まっている中、煙草を吸ったりせずに日焼け止めを塗る姿は確かに浮くかもしれない。
「あー、……アカスリ始めたんですよ」
「いやいや、アカスリだけでそうはならねえだろ! 顔まで無駄にすべすべじゃん」
 一番年の近い先輩が間近によってしげしげと観察しに来た。毛穴なくね? と言われて、そうですかね? と改めて触れてみる。確かにニキビに悩まされていたが、最近はほとんど無い。
 油断していたところを写真を撮られた。顔の一部を隠すから、と言われてSNSにアップされる。特に興味もなかったので、いいっすけど、と言ってまた日焼け止めを塗った。
「他になんかし始めたのか?」
「しいて言えば……。長風呂、ですかね?」
 意味深な言い方をすると、笑いが起こった。文字通りなんだけど、文字通りじゃない。そして先輩方が想像するようなことではないけれど、いかがわしさなら同等なので、嘘でもない。

 程なくして俺は、その投稿された写真がきっかけで「美肌すぎる土木作業員」として話題となり、スカウトを経てタレント業へと飛び込んだ。

 人生って何があるかわからない。